日頃よく使っているリュックをふと魔が差して黄色と青の看板の店に売ってしまった。他の使わないバッグと一緒に。
そしてその足で近所の百貨店に出向きいつもの店で新しいリュックを買った。
「リュックのコレクションが増えますね」と店員さんがニッコリ。
今さっきここの店のリュックをひとつ売ってきちゃったんだけどな。
新しいリュックが入ったその店の紙袋を片手に複雑な思いで家路に向かう。
あいつを手放すんじゃなかったかなぁ…
そういえば、黄色と青の看板の店に売りに行く途中に、あいつを売るのはやめとこうかな、とふと脳裏によぎったのを思い出す。
前の晩にバッグの整理をしていて、売っちゃおうと思ったバッグを紙袋に纏めた。その時点ではあいつはまだいたんだ、いつものところに。
寝しなにふと思いついて、どういうわけかあいつも入れてしまったんだ。
あいつとは苦楽を共にしてきた。
伊勢に何回かひとり旅したときも一緒だった。
伊勢にふたり旅したとき、松阪牛のお店で店員さんに味噌汁をかけられたこともあったね。熱かっただろうに。でもあいつは愚痴ひとつ言わなかったんだよ。ホテルに帰ってあいつを拭いてやったっけ。何度も何度も拭いてやったね。
でも翌朝あいつから味噌の匂いがプンプンしてさ、ハハハ。
そんなあいつが今はここにいない。いつもの場所にいないんだ。
ふと悲しみがこみ上げる。
自分の気まぐれからいまやあいつは黄色と青の看板の店の暗闇であの独特な匂いに囲まれながら不安な夜を迎えていることだろう。
ああ、あいつをそんな目にあわせてしまった自分の気まぐれが呪わしい。
翌朝、新入りのリュックを見ながらあいつのことを思い出す。新入りにも失礼だなと思いながらも思い出さずにいられない。
慣れないところで目覚めた朝はあいつにとってどんなだろう。朝から黄色と青の看板の店のテーマソングをあの独特の香りを嗅ぎながら聴かされているのだろうか。
想いは募る。
その夜、少しだけ黄色と青の看板の店に寄る。
ごめんね。
会えてよかったよ。
本当によかったよ。今までありがとう。ありがとう。
翌日、ヨガに行く。
先生に話す。
「きっと何かを手放したかったんですよ。そのリュックが何か役割を引き受けてくれたんですよ」
そう思うことにした。
ヨガが終わってから、12月の演奏会(ライブ)に着る服を探しに行く。
その帰り、あいつがいる店に立ち寄る。
この店のこの匂いは一体何の匂いなのだろう。置いてある商品にももれなく同じ匂いがする。
あいつもこの匂い染められているのだろうか。
まだいるかな、あいつ。
さりげなく売り場にあるバッグを探る。
あいつと一緒に売り飛ばしてしまったバッグを見つける。
幸せになれよ、と心の中でつぶやく。
買い取り価格の4倍以上だ。
価値を上げてもらったな、きみたち。
ん?こいつらがここにいるということはさてはあいつももしかしたら…
気がはやる。
片っ端からバッグ売り場をまさぐる。
リュックがどうにも見当たらない。
リュックはどこかと店員に尋ねようとしたが思いとどまった。
ダメだダメだ、そんなんじゃ。自分で探さなくちゃ…
あいつの姿はどこにもない。
もう遠いどこかに行ってしまったのだろう。いや、近くて遠いところかもしれない。いやいや、待て待て、まだいるかもしれない…
絶望と希望を綯い交ぜにしたような思いが胸を去来する。
リュックのコーナーを見つける。
はたしてあいつはいるだろうか。
そう、あいつはちゃんと待っていてくれた。
2,980円という値札をぶらさげて。
とうとう会えたね!!
あいつをひっつかむとそのままレジへ直行した。
レジの店員があいつを買い取ってもらった時と同じ店員だった。
自分が売ったものを自分が買ったことがバレないかと一瞬思ったが、それよりもあいつと再会できた喜びの方が上回った。
二日ぶりに会ったあいつは少し疲れているように見えたもののやはりいつものあいつだった。
ごめんねごめんねごめんね。
インディゴブルーと呼ぶのはオシャレすぎる濃紺のビニール袋に入ったあいつとウキウキしながら家に帰った。背中には新入りを背負って。