きれいになるなら 恋より センイ
通勤途中の車内で見かけた『ファイブミニ』の広告のキャッチコピー。
恋より食物繊維の方がカラダにいいぞ、ということらしい。
頼もしいぞ。
そういえばこれでも
「きれいになったね」
と言われたことがかつて何回かあったわたしである。
そのいずれもお付き合いのお相手がいない時やお別れした直後だったりする。
恋はしていないがセンイは足りていたのだろう。ありがたい。
恋をすると最初はなかなか楽しい。
しばらくするとウカウカソワソワして落ち着かなくなる。
そうしてウカウカしているうちに魂みたいな部分が澱んでくる。いや、魂は部分ではなく全体か。
5年かけて澱んだり20年かけて澱んだりはたまた3ヶ月で澱んだり。
相手の感性と自分の感性を擦り合わせていくうちに自分の感性がすり減って澱んでしまう。
そこでひとりになると澱みはするするすると消えてゆく。ちょっとした清々しい気分になる。
ひとりのもの寂しさは時折訪れるものの、不思議と澱むことはない。
まあ一緒にいても澱まない関係もきっとこの世のどこかにあるのかもしれない。
かといってセンイも摂りすぎるとお腹が張ってどうしようもなくなる。あれは苦しい。けれどもすぐ解消する。新陳代謝はありがたい。
まあ一緒にいても新陳代謝が出来るような関係もこの世のどこかにあるのかもしれない。