へっぽこるみ日記。

毎日毎日日が暮れる。半期に一度の即興ピアニストのつれづれ。

るみ散歩。

高田純次の「じゅん散歩」にあやかって「るみ散歩」に出かける。

 

晩秋の里山を訪ねて国分寺跡までを灰色な風景を見ながら府中街道を北上する。

右手に長く続く塀が現れる。府中刑務所だ。刑務所の塀からのぞいている色づいた高木はなかなかの趣がある。

刑務所の北側には高田純次とわたしの母校が鎮座している。

高田純次は第一志望の高校を落ちて仕方なく来たらしいが、わたしはここしか行きたくなかった。ジャズの部活があったからだ。

ちょうど私立人気の頃で、受験当日は既に私立が決まっていた生徒たちは軒並み欠席だった。一緒に受験に行った友だちは「参加することに意義があったね」と言っていた。

いざ入ってみると、それはそれは自由で実に居心地のいい高校だった。その感じを「ぬるま湯に浸かっているみたいだね」とクラスメイトのひとりは表現していた。

マラソン大会に代表されるようなやせ我慢大会的なものは何ひとつなかった。校則もほぼなかったように思う。制服もない。開校記念日も毎年違っていた。とにかく5月初頭の連休がなるべく繋がるように設定するのである。確かまだ「みどりの日」だの「国民の休日」だのという気の利いたものはなかった。

刑務所の前、ということで校舎は3階までしか建てられないらしい。

高校二年の頃、天皇崩御して恩赦となったことがあった。ある朝、刑務所の周りをダダダーっと機動隊員が盾を持って取り囲んでいた。恩赦のために出所する受刑者がいたのだろう。さすがにちょっと怖かった。

 

高校の先生たちは毎日四時を過ぎると蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。わたしにもできそうだな、この仕事…と思った。

鎌倉へ遠足に行った時のこと。雨がひどくて寒くなった。「ああもう帰りたいよ」と真っ先に宣ったのは担任の先生だった。「先生がそれ言っちゃダメだよ」と友だちがツッコミを入れていた。行きのバスでは渡哲也の『くちなしの花』をフルコーラスで歌ってたのにな、先生。

その先生のクラスになって最初のホームルームでの名言は忘れられない。「50人近くも違う人間がひとつにまとまるなんて無理。クラスは団結しなくてもいい」。

さらに名言がある。

愚図ついた空模様のある朝、遅刻間際にその先生と廊下で鉢合わせた時のこと。遅いじゃないか、とか何とか言ってくるなと思った。しかしそんな予想をよそに先生は「もう雨降ってた?」と聞いてきた。

こんなことを言える、こんな対応を出来る教師をわたしは心から待ち望んでいた。感動した。

毎日四時に帰り、クラスにはまとまることを強いず、遠足では帰りたがり、遅刻間際の生徒には天気の話題をふる…そんな教師になろうと思った。

 

さて、るみ散歩。

「黒鐘公園入口」のバス停が近づいてくると左右に紅葉した里山が見える。

コンクリートの建物もアスファルトの道路もなかった時代をふと想像してみた。

府中に国府があった。

その関係でこの地に国分寺及び国分尼寺が置かれた。国分寺崖線のあたりなのできっと国府を見晴らせたことだろう。

まずは国分尼寺跡から黒鐘公園の里山を落ち葉を踏みしめ歩いた。近くで大掛かりな建設工事の騒音が激しくやや興醒めだった。一体何を作っていることだか。とりさんたちもどこかに逃げてようでその辺りには鳥っこ一羽いなかった。木たちもうるさそうにしているように見えた。

小学校の裏あたりまできて、また尼寺跡の方角へ引き返した。そして「伝鎌倉街道」を少し歩き、府中街道を渡って国分寺跡の方へ向かった。

途中、道が二手に分かれてその間の農地で作業をしていたご婦人に国分寺跡への道を尋ねた。

「こっちの道を行ってじどうこうえんみたいなところを曲がるとありますよ」と教えてくれた。

じどうこうえん、ってどんな公園だろ?自動で動くものが置いてあるのかな…としばらく本気で考えた。あ、児童公園のことか!!

どれだけ身近ではないかがよく分かる。

途中でネコに会う。挨拶して話しかけたらにゃあにゃあ応えてくれた。動物に応じてもらえるとやけに嬉しくてニンマリしてしまう。

 

児童公園の前一帯に国分寺跡が広がっている。武蔵国分寺の万葉植物をちらっと見て、門前のおたカフェに入る。

チャイと野菜のおつまみを頂き、しばしぼんやりと過ごす。とても居心地のいいカフェだ。

おたカフェを後にして、お鷹の道を少し行くと真姿の池の弁天様に来た。ご挨拶をした。

透き通った湧水が流れていた。

それから住宅街を縫うように国府のあった府中の見当へと歩いて戻る。まるで追い風に背中を押されているようにすいすい歩けた。もうすぐ飛べるんじゃないかと思うほど軽やかに。

 

国分寺は歴史もありながら駅前に殿ヶ谷戸庭園があったりはたまた60年代あたりのヒッピー文化が熟成してマイルドになったような、ピッピーの残り香のような面白い雰囲気が随所に感じられてじんわり楽しい。中央線の魅力なのだろうか。

一方府中は国府としての昔の精神が再開発した街の中でつるつる滑りながらうようよ漂っているような感じがして些か面白みに欠ける。

府中に中央線が通っていたならまた違う雰囲気になっていただろう。中央線が敷設される計画が浮上したことがあったらしいが反対して立ち消えになったと聞いたことがあるが都市伝説だろうか。まあ、十分ありえそうではあるが。

 

今回歩いた歩数は13897歩。

いい散歩だった。