初めてのデートの車内でかかっていた曲、とか、初めての失恋の時に慰められた曲、とか何かしらに因んだ曲を世の中では「想い出の曲」と呼ぶのだろう。
曲自体をねっとりと聞いてしまうたちなのでどうも「想い出」より「曲」の方に比重がいってしまう。
けれどそんな自分にも「想い出の曲」がある。
サザンオールスターズの『愛の言霊』だ。
音楽系短大の社会人入試に備え、毎日8時間くらいピアノの前に座っていた時期があった。
そんなある日、お尻の穴のあたりに違和感が生じた。一時的なものかとそのままにしていたがどうもよくない。
そう、日本人に多いと言われる例のアレになったのだ。
「中の」「外の」とか言うアレである。
ちょうど二月の今時分の既に入学が決まっていた頃。
これからもたくさんピアノを弾くことになる。
そんな時に更にアレが悪化したら厄介である。
意を決してわ京王相模原線沿いにある病院に行く。
明るい感じの待合室に老若男女がかろうじて座っている。
そう、ここではみな同士だ。
心なしか安心した雰囲気に包まれている。
診察の順番が回ってきた。
パッと患部を見て「これ切っちゃいましょ!」と医師は明るく言い切った。看護師もその横で微笑みをたたえている。
えーっ…お薬で様子見ましょう、じゃないんだ…
心の準備が全くないまますみやかに処置室に連行される。
白い台の上にうつ伏せに寝かされる。
先ほどの医師登場。
「レーザーであっという間に切っちゃうからね」と軽く言う。
うつ伏せの頭の至近にCDデッキが置かれた。スピーカー側がこちらに向けられている。
「この曲終わる頃にはもうおわっちゃってるから」
♪うまれくるっせりふとわっ、あおいほしのそわっ、なつのしらべとわっ、あいのことだま…♪
曲が終わった頃には処置も全て終わっていた。
看護師が「少し休んでくださいね」と言った。殺風景な処置室にそのまま取り残された。
今度はBGMはない。
しばらく休養して待合室に戻る。
会計を済ませ帰路につく。
行きの軽やかな足取りを再現するのは最早至難の技であった。
傷口を気遣いながら最寄りの駅までそろそろ歩く。
やっとのことで電車に乗れたがとても座席には座れない。
ガラガラの車内を横目に窓際に佇む。
曇り空の街が後ろへ流れていく。