先祖参りに行く。
ちょっとご無沙汰していた。
「一応免許あげるけど…あなたは乗らない方がいいよ」
と運転免許の教習所の先生に言われた経歴があるので生活の中に車はない。移動手段は専ら公共交通機関と徒歩。
このところ歩くのが心許なくなった同居の母には助けにならず申し訳ないと思うものの致し方ない。
高尾駅の南口から歩く。
牛若丸、という割烹屋さんがある。店の前に生け簀のようなものがある。そこの角を曲がって道なりにまっすぐ行くと先祖の墓所があるお寺だ。
ところが今日、牛若丸を曲がろうとしたら…牛若丸がいない。
駐車場になっていた。
そんなに来ていなかったかぁ…
牛若丸の前をこれまで幾度となく通り過ぎたが入って食事をすることはなかった。きっとその手のひとがたくさんいたから牛若丸がなくなってしまったのかもしれない。或いはおやじさんやらおかみさんが体調を壊してどうにも立ち行かなくなったのか。
夏日の空の下、白線がまだ眩しい真新しい駐車場をしんみりした心持ちで眺めながら通り過ぎる。
またしばらくいくと、酒屋さんのような何でも屋さんのような商店がある。外装が心なしか綺麗になっている。
お墓に到着。
山の表面にへばりついているような墓所である。
うちのご先祖たちが在しますのはちょうど中腹ぐらいのところ。
墓標は父方と母方の苗字の連名。目下三人入っている。
真っ赤な小さな虫が花入れの水の表面に浮かんでいる。蜘蛛の巣も張っている。申し訳ない。
布で墓石を乾拭きし、それから布を軽く湿らせて拭く。使い古しの歯ブラシでねじの部分を刮げ水を流す。
近くに水道があるのだが、出てくるのがお湯のような温度の水である。太陽であったまってしまったようである。
一通り綺麗にしてからお花とお線香とお水をお供えし、ご挨拶と近況報告と若干のお願いをする。
帰り道、黒い蝶に出会う。
お墓に行った時いつも蝶と出会う。
冥途の使者といわれている。
挨拶に来てくれたのだろうか。
心の中で礼を言う。