明大前から京王井の頭線渋谷方面に向うのに急行に乗った。
下北沢を過ぎると次は終点渋谷だ。
休日の車内は混んでいた。
車内の灯りがいつもより煌々として見える。
最後尾の車両の一番後ろに進行方向を向いて立っていた。
乗り合わせた人々の横顔がズラズラ並んでいた。
これだけいるのに誰も知った顔がなかった。
それにしても渋谷はまだか。
電車は恬淡と進んでいた。
随分と走ったようだが一向に渋谷へ着く様子がなかった。
見知らぬ人々の横顔や走り去る風景を見ながらふと考えた。
この電車、実はあの世に向かっていたりして。
するとこの人たちと自分は一緒に逝くのか。
あの世にはやっぱりいるんだろうな、神様が。
神様に会ったらどうしよう?
初めましての挨拶と名前でも伝えればいいだろう。
そして神様の部屋にもしピアノがあった即興で弾いて差し上げよう。これといって気の利いた手土産も持ち合わせていないし。
あの世に行く時って案外こんな感じなのかもしれない。
前もって準備をするというよりは気づいたら電車に乗っていて…みたいな。
「ご乗車お疲れ様でした。次は終点、終点です。この電車はこの後車庫に入ります。どなた様も降り遅れのないようお願いいたします。」
車内アナウンスがあった。
終点か。
やっと着いた。
渋谷のホームのつもりで降りたものの何となく
いつもとちがってぼんやり仄暗かった。
駅員がいたので聞いてみた。
「ここ渋谷駅ですよね?」
「いや、終点ですよ、終点。」
「だから渋谷ですよね?」
「いや、渋谷じゃなくて終点ですよ。」
「終点?」
「はい、終点です。人生お疲れ様でした。」
と言って駅員は深々と儀礼的に頭を下げた。
「じ、人生、お、お疲れ様でしたぁああ?!」
「そこの改札を出て右に曲がるとエスカレーターがありますので降りていただいくと横断歩道がありますのでそこを渡って左に行けばすぐに役所がありますのでそこで転入の手続きをなさって下さい。」
「え…とりあえず明大前に戻りたいんですけど…」
「それも役所の方でご相談いただいたほうがよいかと思います。」
仕方がないので改札を出た。
自動改札はパスモですんなり通れた。
エスカレーターを降りて言われた通りに行くと役所に着いた。
総合案内のところで用件を言うと
「転入ということでしたらそこの戸籍課へいらしてください。」
「明大前に戻るにはどこで相談したら…」
「戸籍課の横に相談窓口がありますのでそちらでご相談されるとよいかと思います。」
相談窓口は混んでいたので順番待ちの発券機で番号をもらい待っていた。
ふとある冊子が眼に着いた。
『転入あるある』というタイトルで転入に際してよくある質問と答えが載っていた。
「Q:明大前に戻るにはどうしたらいいですか。
A:申請用紙に必要事項を記入の上、戸籍課復活係へ申請して下さい。認可されるまで最低100年かかります。」