いつものようにお風呂の中で頭皮を両手でコニョコニョ動かしていた。
左手に違和感があった。
側頭部よりやや上のあたりがいつもより凹んでいる感じがした。
バスタブから出て浴室内の姿見でそのあたりを調べてみた。
するとつるんとした部分がちらっと見えた。
んん?
これがあの円形脱毛症というやつか…
まあこのところいろいろあってちょっと参っていたのは確かだ。
朝起きてクローゼットを開けたら自分の知らない服ばかりになっていた、とか、ピアノの鍵盤の蓋を開けたら黒鍵が消えていた、とか、就寝中に両手のひらが熱くて目が覚めて部屋の明かりをつけて手を見たら両手の甲が内側にもあって掌が消えていた、などなど。
頭皮における空白部分をさらによく見てみると何かがおかしかった。
脱毛部分が円形ではなくほぼ正三角形だった。
ど、どうしよう…まるじゃない…
脱毛症専門のクリニックを探した。
どこも診療案内に「円形脱毛症」という文字はあったが「三角形脱毛症」はなかった。
困った。
もう少し探してみると「つるりんニコニコクリニック」というところのサイトに行き当たった。そして診療案内に「各種脱毛症」とあった。各種!!
予約をしなくてもいいようだったので早速行ってみることにした。自宅の最寄りから二駅ほどのところにあった。
茶色いレンガの建物の二階にあった。
クリニックのドアを開けると受付だった。
「頭に三角形の脱毛部分が出来てしまって…」と受付のひとに言うと「わかりました。ではこの問診票にご記入ください」と至って普通にことは流れた。
問診事項にひと通り答えて受付に戻し、待合室の椅子に座っていた。自分の他は誰もいなかった。
名前が呼ばれて診察室に入った。
愛想と恰幅のいい先生が座っていた。
問診票に目を通してやおら口を開いた。
「あ〜ら、三角形できちゃったんだぁ」
「はい、そうなんです。まるじゃないので不安で…」
「まあそうね。でも三角形になるひともいるのよぉ。四角形もね。」
「へぇ、そうなんですか!」
「そうそう。三角形はトライアングル由来、四角形ははんぺん由来」
「はぁ…」
「三角形脱毛症になるひとはもともとはトライアングルから出来ているの。四角形脱毛症ははんぺんからね」
「ということは…」
「そう、あなたはどうやらトライアングルのようね〜。そういえばあなたの声よく響くわね。さすがトライアングル由来だわ。それにスタイルも逆三角形で素敵よね」
「そういえばトライアングルは小さな頃から大好きだったんです。今持っているのは三代目のトライアングルで…って大丈夫なんですか、トライアングル由来で」
「特に問題はないんじゃないかしら。ちなみに四角形脱毛症になるはんぺん由来のひとは色白で寸胴な方が多いかしらね」
「なるほど。じゃあ円形脱毛症のひとは?」
「残念ながら人間由来ね。つまんないわね、まったく。わたしも人間由来なの。ああ、つまんない。まあ、いいわ。三角形脱毛症はそのまま気にしないでおけば治るから大丈夫よ。あ、でも…朝晩にトライアングルを叩いて患部に振動を送るように近づけると回復が早いという臨床データもあるの。5回ずつね。やってみるといいかもね。」
と言って片手を「5」の形にして見せた。先生にも手のひらがなかった。
「ちなみに四角形脱毛症のひとはどうなんでしょう?」
「あれはなかなか治りにくいみたいね。はんぺんを患部につけてもかぶれてしまうし。はんぺんの表面に爪楊枝で可能な限り沢山の穴を開けて祈ってから焼いて食べるしかないらしいわ。治るまで食べるなんて大変よね、はんぺん由来は。あなたよかったわよ、トライアングルで。ではお大事に」
「ありがとうございました」
診察室のドアを閉め再び待合室で会計を待った。
そっか、トライアングル由来だったんだ自分は。
脱毛症にならなければ一生由来がわからなかったな。