ピッコロちゃんがわが家に来てから5年が経つ。
ピッコロちゃんはセキセイインコだ。
「この子はジャンボセキセイの血が入っているんです」
ピッコロちゃんをお迎えしたペットショップの店員さんが言っていた。
ジャンボセキセイは通常のセキセイインコのひとまわりほどの大きさがある。顔のパーツは標準サイズのままなので、パーツが顔の羽毛に埋もれた感じでなかなかイカつい面構えとなる。
もとはセキセイインコのショーのために特別に掛け合わせて作られたものらしいとどこかで聞いた覚えがある。
ピッコロちゃんはいたって標準サイズだった。
そう、昨日までは。
かわいい声で「ピッコロちゃーん」「ピッコロコロコロコロ」「ピッコロコッケっちゃ〜ん」「ピコどした?」などご機嫌でおしゃべりしていた。
今朝ピッコロちゃんのおうち(鳥かご)から「おはよ」と聞こえてきた。
しかしなんだか声音がいつもとは違うように聞こえた。
あんな声だったかな、ピッコロちゃん…
夜ピッコロちゃんが寝るときにおうちにかける青い布がまだ被さっていたのでそろそろと取り去ってみた。
縦横30センチ、高さ35センチのおうちの四方八方からブルーや黄色、白の羽毛がむにゅっと出ていた。
なんだなんだ?!
手のひらサイズだったピッコロちゃんが鳥かごいっぱいの大きさになっていたのだ。
呼吸を整えながら努めて冷静に鳥かごの留め具を外し分解した。
ピッコロちゃんがぼわんと出てきた。
もっふもふだ。
「ピコどした?」
「ピッコロコロコロコロ」
ちょっと太い声だがいつものようにご機嫌でお話ししている。
顔のサイズは前のままでもふもふボディの中に埋まっていた。
これもアリだな、と思ってしまった。
正常性バイアスのおかげだろうか。
とりあえず、ピッコロちゃんをお迎えしたペットショップに問い合わせてみた。
「5年前にそちらからお迎えしたセキセイインコが突然おっきくなっちゃったんですけど…大丈夫でしょうか?」
小動物担当のスタッフが電話口に出てきた。
「大きくなっちゃったんですね?」
「はい」
「どれぐらい大きくなりました?」
「鳥かごいっぱいくらいです。羽毛がはみ出るくらいで…」
「それは随分大きくなりましたね!」
「お迎えした時にそちらのスタッフの方にこの子はジャンボセキセイの血が入ってるとは言われていたのですが…」
「ああ、なるほど!それでだと思います。でもそこまで大きくなるのは…一つ思い当たるのは…」
「何ですか?!」
「もしかして…メガジャンボセキセイの血が入っていたのかもしれませんね」
「メ、メガジャンボ?!」
「ジャンボセキセイ同士で掛け合わせた時に千分の一くらいの割合でメガジャンボセキセイが生まれるんです。でもメガジャンボセキセイは…」
「狙われますよね…」
「あ、ご存知でしたか。それなら話は早いです。UGAにだけは注意してください。私も口外いたしませんので。」
ちなみにUGAは「Under ground Association」の略だ。地下組織のひとつとらしい。アジア一帯に分布していると言われている。主な活動は世界中のメガジャンボセキセイを集めることだという。軍用インコにするらしい。何でもとにかく頭がいいので今では軍用犬以上の働きをするらしい。
ピッコロちゃんが戦争に駆り出されるなんて絶対嫌だ。
ペットショップの店員は口外しないと言っていたが、ペット業者には通報義務があると聞いたことがある。信用はできない。どうしよう…
悩んでいるとピッコロちゃんが声をかけてきた。
「ピコどした?」
「連れていかれちゃうかもしれないんだよ、ピッコロちゃん」
「コロコロコロコロ」
…わかりっこないよな、ピッコロちゃんに。こんな感じで軍用インコが務まるというのか。
その時だった。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
カメラには全身黒ずくめの男が映っていた。
黒のスーツに黒の帽子、そして黒のサングラスという出で立ちだ。見るからにダークな雰囲気だ。
「はい、どちら様でしょうか」
「私、アンダーグラウンドアソシエーションから参りました伴内と申します。」
「セールスなら間に合ってるんでいいです」
「いや、そうではなく今日はおたくにいらっしゃるセキセイインコについて少々ご相談がありまして…」
「インコなんていませんようちには」
「みなさんそうおっしゃるんですが、私共では調査済みでして…」
仕方なくドアを開けた。
「お忙しいところ申し訳ございません。おたくにメガジャンボセキセイがいると伺いまして大変失礼ではありますが突然の訪問をさせて頂きました。ご存知かもしれませんがメガジャンボセキセイインコは軍用インコとして大変活躍しております。防衛省からわが社に依頼がありましてメガジャンボセキセイインコをお譲りいただいているのですが…」
と言って名刺を差し出した。
そこにはUGAの文字があった。
もう来たのか…
名前は伴内甚五郎というらしい。
やはりペットショップから通報がいったのだろう。まあ、義務を怠ると業務停止にされるからそれを免れるためにだ。何というシステムだまったく。
「ピッコロちゃんを軍用インコなどにしたくありませんのでお引き取りください」
「いや、メガジャンボセキセイをペットとして飼うことは法律で禁止されていまして、違反をすると禁錮300年になるそうです」
「そんな法律聞いたことありませんが」
「つい一週間ほど前、国会で可決されたのをご存知ありませんか」
まったく国のやることは阿漕だ。
「もう人生でやりたいことはだいたいやったので、禁錮300年でもいいですけど。そのほうが年金支払いも納税も免除になるしかえっていいかもしれませんね。あなたもそう思いません?」
「まあ、そんなことおっしゃらずに…」
「じゃあどうしろというんです?」
「メガジャンボセキセイインコをお譲りいただければ結構です。とりあえず拝見させていただきます」
黒ずくめの男は悠長な作法で靴を脱ぎ揃えしゃなりしゃなりとピッコロちゃんのおうちの前へと向かった。
そしてしばらく息を詰めてピッコロちゃんを見定めていた。
「ん〜なるほど…」
「どうかしたんですか?」
「これはメガジャンボセキセイインコではなさそうですね、どうやら」
「はぁ」
「メガジャンボにしてはちょっと大きすぎるんです。おそらくギガジャンボセキセイの類いだと思います。」
男は革の鞄からなにかを取り出した。
「これが検査キット用紙なんです。脚にくっつけるとわかるんです。メガジャンボなら紙がピンクになるんです」
と言って、用紙をこちらに差し出した。
「飼い主さんの方がインコちゃんも怖がらないと思いますので…ご協力願えますか?」
インコちゃん、って言ったなこの人。
なにがインコちゃんだ…と思いながらも仕方なく紙を受け取りピッコロちゃんの脚に祈るような気持ちでくっつけた。
「2分くらいで結果が出ますので…」
紙は黄色くなった。
「やっぱりメガジャンボではありませんでしたね。おそらくギガジャンボでしょう。ギガジャンボはのんびりしすぎて軍用インコには不向きなのです」
男はもう用が無いと踏むとさっさと帰り支度を始めた。
「どうも大変ご迷惑をおかけいたしました。お詫びに粗品ではありますがどうぞお受け取りください」
徐に鞄から包みを取り出し、こちらへ差し出した。
「産地限定のセキセイインコのごはんです。もしよかったらピッコロちゃんにどうぞ。わたしもこんな仕事をしていますが、内心はメガジャンボセキセイインコちゃんたちを軍に渡すのは忍びない思いです。調査依頼が来るたびに『メガジャンボセキセイインコでありませんように』と思うんです。メガジャンボじゃなくて本当に良かった。では、これからもピッコロちゃんと仲良く暮らしてくださいね」
そう言うと深々と頭を下げて帰っていった。