伊勢丹のセールでクロコダイルのバッグを買った。
妙に安くなっていた。
バーゲン品なので返品不可。
クロコダイル、ということはワニの皮だ。
いうまでもない。
押入れに入れてある他の鞄類と一緒にクロコダイルも保管しておいた。
毎晩寝る前に磨いたり眺めたりしていた。
ツヤツヤしてなんとも艶かしい。
あの夜もいつものように磨いたり眺めたりしていた。
心なしか温もりがあるように思えた。
まあ気のせいだろう、とそのまま床にはいった。
明け方に物音で目が覚めた。
ゴォォォォー、ゴォォォォー。
雷の音がくすんだような感じだ。
ゴォォォォー、ゴォォォォー…
なんだなんだ。
部屋の電気をつけた。
ゴォォォォー。
音は近い。
どうやら押入れの方から聞こえてきていた。
押入れに近づき、引き戸を開けた。
ゴォォォォー、ゴォォォォー。
中を覗くと、クロコダイルのバッグが入っている袋がごそごそ動いていた。
一瞬ぞくっとした。
袋を開けようとしたが焦ってなかなか袋の紐がほどけない。
袋越しでもクロコダイルバッグがワニに戻ってしまったことは一目瞭然だった。
早く外に出してあげないと苦しそうだ。
ハサミを取りに行った。
紐を切ってやっとワニが出てきた。
「ごめんね、窮屈だったね」
「アーキツカッタヨ。オナカスイタ」
話ができるらしい。
「なに食べる?」
「ミセテ」
「ん?みせて??」
「タベモノミセテ」
ワニをとりあえず冷蔵庫に案内した。
「タベル」
と、ワニが手を伸ばした先にあったのは上マグロの刺身だった。
お皿に出してあげるとパクパク食べた。
「クイーンズイセタンノホウガオイシイネ」
「食べたことあるの?クイーンズイセタンのマグロ?」
「タベタヨ。ダッテイセタンニイタンダヨ」
「ま、まあそうだったわよね」
「ウン。タクサンタベタ」
なんだ、わたしよりいいもの食べてたんだね君は。
伊勢丹もクロコダイルにマグロをあげていたとは…。
結局ワニと暮らすようになった。
昨日がワニが来てからちょうど一年目。
ちょっとしたお祝いをした。
「ワア、オイシソウ、ゴハン」
「君が来てから一年たったお祝いだよ」
「ソウカ」
ワニはいつになく嬉しそうだった。
「好きなだけ食べてね」
「アリゲータ、アリガート」
そんなウイットに富んだこともたまには言うようになった。
「どう、おいしい?」
「オイシイネ、オイシイネ」
「でしょ?クイーンズイセタンで買ってきたからね」
「ワア、クイーンズイセタン」
ワニは喜んでムシャムシャ食べていた。
その時ピンポーン、とドアベルが鳴った。
ドアののぞき窓の向こうには誰もいなかった。
気味が悪かったが、そのまま引き上げてまたワニとごはんの続きをした。
ピンポーン、とまた鳴った。
のぞき窓からはやはり誰も見えなった。
ワニの方を振り返ると様子が変だった。
「どうしたの?」
「アケテ」
「ん?」
「アケテドア」
「誰かわからないのに?」
「ダイジョブ。アケテ」
ワニを信じてドアを開けると、足元に子どものワニがいた。
こちらを見上げている。
「ママイマスカ?」
「まま?」
「ママガコチラデオセワニナッテイルトウカガッタモノデ」
ワニの方を見ようとしたらもう背後まで来ていた。
二人で再会を鼻をくっつけて喜びあっていた。
「ムスコナノ」
とわたしに紹介した。
「トツゼンシツレイシマシタ。ドウシテモママニアイタクテ…」
「なんでここがわかったの?」
「イセタンノヒトニキイタノデス。ホンライハコジンジョウホウナノデオシエルコトハデキナインダケド…トイイツツモオシエテクレタノデス」
どうやらママより語学が堪能らしい。
「そうだったのね。どうぞどうぞ中に入って。ごはんもあるよ」
「ソレデハオジャマイタシマス」
ムスコは静かに入ってきた。
「ナンダカオチツクオヘヤデスネ」
「ど、どうもありがとう」
「コレ、オミヤゲデス。オクチニアイマスカドウカ」
ムスコは伊勢丹の紙袋を差し出した。
「シズオカブッサンテンヲヤッテイタモノデ、テンインサンガヨウイシテクレマシタ」
「お、恐れ入ります」
「イエイエ」
そしてしばらく一人と二匹で和気藹々と飲み食いした。
「ママガゲンキナノヲカクニンシテアンシンシマシタ。デハボクハコノヘンデオイトマイタシマス」
「アンタモゲンキデイナサイネ…」
「ねえ!みんなでいっしょに暮らさない??」
思わず口を挟んでしまった。
「イインデスカ?!」
ムスコが驚いたような顔でわたしを見た。
「いいよいいよ。ワニのもうひとりくらいどうにでもなるから!」
ムスコは戸惑っていた。
ママも戸惑っていた。
「もし二人がよければね」
「ジャソウシヨッカ」
「ソウサセテイタダキマショウ」
「クイーンズイセタンのマグロは一ヶ月に一回くらいしか食べさせてあげられないけれどね」
「ダイジョブ」
「エエ、カマイマセン。ヨロシクオネガイイタシマス」
こうしてまたワニが増えて家の中が更に賑やかになった。