耳もよく聴こえないし目も見え辛い。
精神も靄がかかったようだ。
本当に大変だ、生身は。
小学生くらいまでは全てが概ねすっきりはっきりしていたんだがなぁ…
と、日々思っていた。
今朝のこと。
目覚めると、いつもと何かが違っていた。
視聴覚がとてもクリアになっていた。
しかも気分もハッピーだ。
こんなハッピーは初めてだった。
全てが明るくさわやかに煌めいている。
心なしか体も軽かった。
いや、心なしどころか妙に軽かった。
ベッドから起きだし、いつものように鏡を見た。
鏡には誰も映っていないのだった。
自分にはたしかに鏡は見えている。
しかし自分の姿は映っていない。
どうりで体が軽いと思った。
どうしたことか…
部屋を出よう、と思ったらドアが自然に開いた。
お腹が空いたな、と思ったらテーブルに食事が現れた。
そしていつのまにか食べ終わっていた。
手も口も使わずに満腹感を味わった。
インコに挨拶に行こう、と思ったらもう挨拶は終わっていた。
しかもいつもより分かるのだ。
はっきりと分かるのだ。
何が?
インコが言っていることがとてもよく分かるのだ。
直接入ってくる感じ。
こちらの言うこともストレートにインコに伝わっているようだ。
お互いハッピーなのを確認した。
ああ、ハッピーだ。
いいなぁ、ハッピーは。
今日は仕事はない。
ふらふらと出かけてみた。
近所のモトヨリさんとすれ違う。
いつもは挨拶を交わすが、今日はそのまますれ違う。
なるほど、モトヨリさんにはわたしの姿が見えていないのだ。
ナニカワさんとナニカワさんの猫とすれ違う。
ナニカワさんにもわたしは見えていないようだ。
しかし、ネコはじっとこちらを見ている。
「あら、どしたの?何見てるの、マリーちゃん?」
とナニカワさんはネコに話しかけている。
ナニカワさんのネコともお互いハッピーなことを確認した。
向こうからタラオカさんがやってきた。
タラオカさんは日頃から天女の羽衣やUFOをよく見るらしい。
「あら、おはよう!今日はおやすみ?」
と声をかけてきた。
さすがタラオカさん、わたしのことが見えるらしい。
「ええ、そうなんです」
「それにしても随分すっきりしたわね!」
「す、すっきり、ですか?!」
「うん。霊体になった感じがするわ。わたしも時々なるの」
「霊体?!」
「そう、霊体。体がなくなるから調子いいのよね〜気分もよくなるし。ハッピーでしょ?」
「そう、ハッピーなんです」
「うんうん、そうなのよね、ハッピーなのよね」
「タラオカさんも霊体になる時あるんですか?」
「あるわよ。半年に一回くらいなぁ。一週間くらいね。最高よね。体は軽いしハッピーだし何でも自然に動かせるし」
「そう、今朝も部屋のドアを開けなくても空いちゃったんです」
「そうそう。想念が伝わるのよね」
「朝ごはんまで出来てて…」
「食器も洗ってくれるのよね」
「そうなんです!誰が洗ってくれたのかわからないんですが…」
「霊体のサポーターがそこかしこにいるからね。想念を受けとったらすぐに実行してくれる。しかも正確で早いんだ、仕事が」
「なるほど。サポーターの方々が…」
「多分一週間くらい霊体でいられるから楽しんでね」
「ありがとうございます」
タラオカさんの話によると、何でも霊体でいる時期はまったく心配ないそうだ。サポーターが要所要所でフォローしてくれるからだ。職場にも行ってくれるし、本人ではなくサポーターであることも気づかれない。サポーターは実体にも霊体にもなれるからだそうだ。
霊体になるタイミングは「気づいたら前の晩にちくわぶを食べていた」らしい。
そういえば、わたしも昨日の夕飯はおでんだった。ちくわぶ入りの。
「但し、霊体になろうとして敢えてちくわぶを食べても駄目なの。わたしも何度か試したことがあるんだけどね。あくまでも『気づいたら』ね…」
なるほど、ちくわぶか。
ちくわぶって全国にあるわけじゃなかったよな、確か。
「ちくわぶ、霊体」で検索してみた。
全国的にはちくわぶよりなるとのほうが一般的なようだ。
今日一日、大変ハッピーだった。
これから一週間ハッピーが続くと思うとウハウハしてなかなか寝付けなかった。