仕事帰りにビルの中のカフェで食事。
窓際のカウンター席。
月が真正面にいた。
てらてらしたまあるい月が。
ああ、冬の月。
ガラス越しにも美しくてたまらない。
月を眺めつつ食事を口に運んだ。
ずっとこうしていたかった。
ずっとこうしたいと思っていた。
食事が済んでから紅茶を追加した。
まだまだ月と向かいあっていたかった。
目線を窓の左下に移すと、下り電車が駅のホームに入ってきた。
スーッと入線する様は綺麗だった。
下を覗くとタクシーのロータリーに客待ちのタクシーが数台並んでいた。
夜のタクシーの醸し出すあのやわらかな切なさがかつての不安な悲しみを手繰り寄せた。
再び見上げた月は前より高くなっていた。
星占いの本に目を落としては月に目を向けた。
紅茶の入ったカップの底が見えてきた。
月も窓枠からそろそろ消えようとしていたところでカフェを後にした。
表に出ると繁華街の灯りの上に暗く深い色をした夜空が広がっていた。
月の光の強い冬の夜にはこんな空色になるのだった。
月の居場所を確かめるために歩き始めた。
後ろ上方からちゃんとついて来ていた。
しばらく月と一緒に散歩をすることにした。
道を曲がると左側に月がぴたりとついてきた。
また道を曲がると今度は後ろからついてきた。
さらに道を曲がると今度は右側にきた。
このまま離れたくなくなった。
なんて美しいんだ、君は。
遊歩道にきた。
途中、電車の線路を見下ろせる橋に行き当たった。
橋上に広がる夜空の月は煌々と地上に光を送っていた。
地面のアスファルトが怪しげに光っていた。
このままどこまでもどこまでも月について行ってしまってもいいと思った。