へっぽこるみ日記。

即興ピアニスト、岡本留美(Rumi)のブログ。演奏会情報も載せています。脳内日記(創作日記)もありますよ。演奏会のお問い合わせ(ちなみに次回は2020年8月2日!)、演奏依頼 等はこちらまでどうぞ➡︎rumipianosokkyo@gmail.com

脳内日記 其の二十六。

やっと時代が来たな、とほくそ笑んだ。

そう、お籠もり様の時代が来たのだ。

 

コロリウイルスが世界に蔓延して、東京でも猛威を奮っている。

東京ネズミーランドや年増園などの人気スポットも軒並み臨時閉園に追いやられている。

自宅でエレワークが推奨されみんなパソコン等にかかる電気代など自腹を切りながら朝から晩まで家で仕事をしている。

事業所が閉鎖されたパートタイマーは収入を断たれ、カロリーオーバーメイトを食べて凌いでいる。

学校が臨時休校になった児童生徒たちは忖度授業から解放されて生き生きしている。

国や自治体からは感染に関する正確なデータや金銭的補助は何も示されず、命令ばかりを寄越してくる。

「買いだめするな」

「人との接触は3.5メートル距離を置け」

「花見はするな」

「集会は開くな」

「マスク不足だからマスクは作れ」

「消毒液不足だから消毒は唾液でまかなえ」

 

そして今日、ついにこんな命令が出た。

「家にこもって出てくるな」

 

家にこもって出てくるな、と。

家にこもって出てくるな、って…

こんな日が来るなんて…

 

これまでお籠もり様はなにかと憂き目を見てきた。

理不尽な同調圧力や不可解な役割分担から避難したくて家で引きこもりを始めてからもうどれくらい経つだろう。

卑怯だ一族の恥だでくの坊だ大学まで出してやったのになんて様だ何だと親戚縁者を問わず言われ続けてきた。

 

それがなんとみんな口を揃えて「家にこもれ」と言うようになったのだ。

新聞、雑誌、テレビのワイドショーなどいたるところで「家での籠もり方」が特集されている。

そんな中で取材を受けることも多くなった。

どこでどう名前を聞きつけてきたのか知らないが、毎日のように取材依頼のメールや電話がひっきりなしに来る。

家への籠もり方がわからなくて困っている人がたくさんいるらしい。

今では「家籠もり専門家」として紹介されることも増えた。

先日政府が立ち上げた「家籠もり対策委員会」の座長を務め、政治家や官僚相手にレクチャーするほどになった。

 

世の中どう変わるかはわからない。

このタイミングで。

東京都が今週末の不要不急の外出の自粛を要請した。

オリンピック・パラリンピックの延期が決まった途端に、だ。

本当はもっと深刻な状況なのではと勘ぐりたくもなる。

厚生省のコロナの感染者についての公表データも信憑性を疑問視する向きもある。

 

確かなことが何も伝わってこない感じはコロナ以前からのこと。

コロナがそれを顕在化しただけなのかもしれない。

 

そういう中で国民として生きていくのはなかなか大変だ。

個人の努力で避けられるものもあれば避けられないものもある。

 

4月から普通に学校が始まることも不安で仕方ない。

授業やその他、学校の活動には濃厚接触を伴うものが多い。クラスターが多発しかねない。

若者は重症化しない、というのもどうなのかと思う。

軽症の若者が高齢者に感染させることだって十分ありうる。

せめて5月の連休明けくらいまで様子を見たほうがいいのではと思う。

学校がないのも不安だが学校に行かせるのも不安だと思う。

ヨーロッパの状況を見てとても「日本は大丈夫」などとは到底思えない。

ウイルス対策は勝ち負けでもないし、根性論でなんとかなるものでも決してない。

肌感覚で危険を感じる。

肌感覚を無視して乗り切ろうというやり方にはどうも馴染めない。

コロナが来てから。

コロナウイルス蔓延の影響で日頃の生活にもいろいろ影響が出ているようだ。

 

自分の毎日の生活に関しては、マスク着用や手指の消毒をこまめにしたり、外出から帰ってきたら手を念入りに洗い、顔と目を洗い、うがいをし、マスクを再利用するために中性洗剤で洗うのが日課となった。

 

そのほかは、家でピアノ弾いたり音楽聴いたり本を読んだりインコとおしゃべりしたり母のマッサージをしたりご飯を作ったりといつもと変わりない。

お風呂での口笛のトレーニングが新しく加わった。

 

公共交通機関を使ってのお買い物にはあまり行かなくなった。お出かけは日用品の買い物や散歩を近所で済ませるくらいだ。

東京都美術館の『ハマスホイとデンマーク絵画』は観たかったがコロナの影響で閉幕してしまった。これは残念で仕方ない。

 

それにしてもこの度のコロナはどうも侮れない感じがする。

1720年はペスト、1820年コレラ1920年スペイン風邪…というように100年ごとに感染症の世界的大流行が起きているらしいとどこかで読んだ。

そして今年は1920年から100年後の2020年。

コロナウイルス肺炎がやってきた。

 

ウイルスの蔓延は自然破壊や人類の移動や交易などが要因だという。

ウイルスも生き残りをかけている。

ヒトの体内を借りて移動し勢力を広めようとしている。いや、そんな意志はないが自然にそうしているとも言われている。

ヒトの天敵はウイルスや天変地異なのだろうか。

 

昨年の台風の時に盛んにテレビで「命を守る行動を取って」とアナウンサーが言っていたが、今ももしかしたらそういう時期なのではないだろうかと思えて仕方ない。

お風呂の中で。

お風呂の中で練習してできるようになったことがいくつかある。

 

「指鳴らし」

親指の関節の内側と中指の第一関節とを擦り合わせてパチンと鳴らす、アレだ。

お風呂の中で濡れた指で練習しているうちに、パチンと鳴り始めた。

仕事で時々使っていたこともあった。

 

「巻き舌」

昔のヤンキーなどが「ラ行」を舌を巻いてトリルのように発音する、アレだ。

「さっぽろらーめんしおらーめん」繰り返していると巻き舌ができるようになる、とネットで読んでしばらく続けてみたら出来るようになった。

セキセイインコのピコちゃんにも巻き舌をして見せていたら、ピコちゃんも巻き舌が出来るようになった。

 

次は何が出来るようになるかな??

とりあえず今は「口笛」を練習している。

 

お風呂の中ではちょっとした瞑想状態になって集中力が増すのかもしれない。

特に音を伴うものは、お風呂場では響くので練習には向いているのかもしれない。

 

であります。

「…であります」

「…であります」

「…であります」

「…であります」

「…であります」

 

テレビの国会中継で「…であります」を連発している男がいた。

ついには「…ではないのであります」ときた。

こうなるとないのかあるのかわからなくなる。

例えばドラッグストアの店員にマスクはあるかと聞いて「マスクはないのであります」と言われてもマスクがあるんだかないんだか咄嗟にはわからない。

 

何を隠そうこの「であります男」はかつては「バカなボンボン大学」と近所で言われていたらしい吉祥寺駅から徒歩20分ほどのところにある大学のご出身。

奇しくも自分の母校なのであります…まことに面目ないのであります…

 

ところで、この「あります」を聞いていて思い出したのは「ありんす」という表現だ。

遊郭で働く遊女たちがお国言葉や出身を隠すために言葉の最後につけたのが始まりらしい、とどこかで聞いたことがある。

 

さらに思い浮かぶのが「ざます」。

これも山の手の奥様たちがお国訛りを隠すための苦肉の策だったのかもしれない。

 

まあ確かに言葉の最後にお国柄が出ることは多い。

「…だんべえ」

「…じゃけえ」

「…じゃけん」

「…じゃん」

などなど。

それを「あります」「ありんす」「ざます」に置き換えて使っていたのだろう。

「あります」に関しては軍隊の中でも使われていたことはよく知られている。

 

自分の言葉で自然に話せる環境は大切だなぁと思う。

語尾を隠すことなく、忖度することもなく。

句を一つ。

ダウンをね

洗濯したら

雪が舞う

 

もう着ないなとダウンジャケットを洗濯した翌日に雪が降った驚きを句にしたもの。

手洗いの指示が付いているのに洗濯機で洗い、脱水が終わり洗濯機のふたを開けたら、ダウンジャケットの中のダウンがふわふわと出てきたのが雪の舞うように見えた、という訳ではない。

 

脳内日記 其の二十五。

やっと時代がきたな、とほくそ笑んだ。

そう、おひとりさまの時代が来たのだ。

独身さまの時代が…

 

「おひとりさま一点限り」との表示をいろんなところで見かけるようになった。

 

ハンドソープの詰め替え用を買おうと行きつけのホームセンターに行った。

「おひとりさま一点限り」と書いてあった。

よしよし。

ひとつ手に取った。

世の中はコロリウイルスの蔓延でハンドソープが品薄状態だ。

主婦らしき女性がハンドソープを手にした。

するとGメンが現れた。

「わたしく、おひとりさま監視Gメンの東郷と申します。あなた…『ご家族さま』ですよね?」

「ち、ちがいます。」

「では…その薬指の指輪…結婚指輪ですよね?」

「…」

「『おひとりさま』と書いてあるのがお分かりになりませんでしたか?では…商品をお戻しになってこちらにいらしてください」

Gメンが女性を連行していった。

 

トイレットペーパーも買っておこうと思い、売り場へと足を運んだ。

そこにも「おひとりさま一点限り」の貼り紙がしてあった。

よしよし。

ひとつ手に取った。

初老の女性がうろうろしていた。

トイレットペーパーが欲しかったのだろう。

薬指にやはり指輪が光っていた。

商品に手を伸ばした途端、Gメンが来た。

「あなた、ひょっとして『ご家族さま』では…」

「あ、この指輪は死んだ主人からもらった指輪で…」

「では未亡人の方ですね。『おひとりさまシルバーナンバーカード』はお持ちですか?」

「ああ、ございますよ」

女性はカードをGメンに見せた。

「結構です。未亡人の方なら問題ありません。これからはお買い物をされる際には指輪をお外しすることをお勧めします」

「わかりました」

 

ちなみにわたしは『おひとりさまゴールドナンバーカード』を持っている。ここのGメンたちには顔が知られているので提示を求められることはまずない。たまに新入りのGメンが提示を求めたりするが、そんなときは上司Gメンが即座に「この方は『おひとりさまゴールド』だから」と新入りをたしなめ「どうも新入りが…大変失礼いたしました」とその場を取りなすのが恒例だ。

「おひとりさまゴールド」は婚姻歴のないちゃきちゃきの独身に交付される。伴侶を亡くした場合は「おひとりさまシルバー」、離婚の場合は「おひとりさまブロンズ」が交付される。

 

キッチンペーパーも買っておこうと売り場にいった。

ここにも「おひとりさま一点限り」の表示があった。

よしよし。

ひとつ手にとる。

子連れの男性もいた。

男性がキッチンペーパーを手にするとGメンがすかさずやってきた。

「あの…ご一緒にいる女の子はあなたの…」

「ああ、娘です」

「ということは『ご家族さま』ですね?」

「まあそうですが」

「これ、『おひとりさま』限定商品ですよ」

「妻とは離婚して子供の親権をわたしにしたものですから…」

「なるほど。独身親用の『おひとりさまブロンズナンバーカード』はお持ちで…」

「あ、家に置いてきてしまいました」

「困りましたねぇ…それがあれば…」

「あ、さっき市役所で住民票を取ってきたのがあります。それでも構いませんか?」

「はい。あと本人確認を出来るものがあれば…」

「免許証があります」

「ではそちらも拝見します…確認できましたのでどうぞ。お買い物の際はカードを必ず携帯してください」

「わかりました」

 

そう、以前は「おひとりさま」はなにかと邪険にされてきた。

それがこのところ逆転してきたのだ。

「ご家族さま」は今や大変だ。

 

世の中どう変わるかわからない。