へっぽこるみ日記。

毎日毎日日が暮れる。半期に一度の即興ピアニストのつれづれ。

ついに!!!

京王電鉄悲願の有料特急が2月22日(ネコの日又はニンジャの日)に導入された。

その名も京王ライナー。

ちなみに特急料金は400円。

ライナーは新型5000系、ということで「しんごくん」という新キャラが登場。

啓文堂書店では「しんごくん」の絵本が平積みになっている。

「けい太くん」「いのかしら7きょうだい」に続く京王電鉄所属キャラである。

いや、社員なのかもしれない。

けい太先輩には敵わないだろう、と個人的には思うのだがまだその辺りは未知数である。

そして事もあろうについに…駅弁まで登場!

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食べ終わるまでに目的の駅に着いてしまいそうだ。

 

かりょうびんが。

迦陵頻伽。

かりょうびんが、と読む。

今日知った。

上半身がヒトで下半身がトリ。

いいなあ。

なりたいなぁ。

飛べるんだもんな。

子どをも卵で産めるのかな。

 

でももし上半身がトリで下半身がヒトだったら…セキセイインコの上半身がいいな。

失踪。

定期的に失踪しては帰ってきて…を繰り返すひとがいるらしい。失踪癖、とでもいうのだろうか。

 

とんと昔、大学受験のため塾に通っていた。

あれは高校2年の頃だったろうか。

塾の英語のクラスの担当の先生は温和で淡々としたひとだった。

授業も淡々と進めていた。

説明は的確でわかりやすかった。

ある時、そのクラスに行くと違う先生が来た。

担当が急遽変わったのだ。

 

その先生は失踪してしまったらしい。

家庭もあって小さい子供もいるとのことだった。

それ以前にも失踪したことがあるらしい。

 

リセットしたくなったりデトックスしたくなったり自分の中の何かが満タンになると、或いは空っぽになると失踪するのだろうか。

 

まあ確かにたまには異空間に無性に行きたくなることはある。いつもの生活から抜けたくもなる。でもなんとか押しとどまっている。そのとどめが効かなくなると失踪になるのかもしれない。

あらかじめ考えて、とか、しっかり計画して、とかではなく、ある日ふらっとその瞬間が訪れるのかもしれない。

 

定住、とか、特定の家庭に収まっている、というのはヒトの生来の習性に根付いたものなのだろうか?それとも後付けなのだろうか?

ちなみにここ数年の年間失踪者数は約8万人超。高止まりの傾向にあるらしい。

事件によるもの、疾病によるもの、経済的事情によるものなどいろいろ含まれた数ではあるが、ふらっと失踪したケースもかなり含まれているのではないだろうか。

眠眠歓迎。

眠眠打破、というのがタクシーに付いているのを見たことがある。

眠気を吹き飛ばすドリンクかなにかの広告かな。

 

今日の曇り空。

暖かくはないけれど、なんとなく春の気だるさを感じる。

冬眠の次は春眠…

ヒトも動物。

もっと寝よう。

もっと休もう。

今日の収穫。

アンモナイト

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マダガスカルから連れてこられちゃったよ。

天晴れ、宇野ちゃん。

ちっちゃくてかわいいのになんて優雅に滑るんだろう…と思っていた宇野昌磨くんがもう二十歳になっていたのを今回の平昌オリンピックで知った。

 

色気と芸術性のあるフェルナンデス(家人は「ヒルナンデス」と言っていたが)を差し置いて銀メダルを取るまでになった。平昌の「昌」は昌磨の「昌」。これもただの偶然ではないかも知れない。

さらにそのあとの数々のインタビューでの数々の名言やうたた寝などには「お主なかなかやりおるな」と思わず舌を巻いた。

忖度や同調圧力に溢れた空気を物ともしない宇野ちゃん。

天晴れ!

 

 

中野のおばあちゃん。

川上弘美の『七夜物語』を読み始める。

主人公の女の子には「中野のおばあちゃん」がいるらしい。

 

わたしにも「中野のおばあちゃん」がいた。東京都中野区に住んでいるおばあちゃん、だ。

よく中野のおばあちゃんちに行っていた。おじいちゃんもいるのに「おばあちゃんち」。

 

小学校低学年のころ「おはなしノート」というのがあった。

ジャポニカ学習帳などの表紙に担任の先生が作った「おはなしノート」と印刷されたピンクの色画用紙を貼って作るのである。

日記を書いて先生に提出する、というもの。日記といっても毎日出す必要はなく、出したいときに書いて出し、「それはよかったね」「先生も小さい頃にやったことがあります」などと赤ペンで担任が感想を書いて返して来る。

 

「おはなしノート」に中野のおばあちゃんのところに行ったことを書いて出したことがあった。

「中野のおばあちゃんの家に遊びに行きました」

というわたしの記述に対してその担任は、「中野」の文字の上に赤で二重線を引いてその傍に「いなか」と添削して返してきたのである。

なんとなく腑に落ちなかったが、音楽の時間にメロディがどんな調であっても左手の伴奏を常にハ長調の「ドミソ」にしてしまうような担任とは関わってもあまりいいことがなさそうに思えたのでそのままにしておいた。