へっぽこるみ日記。

毎日毎日日が暮れる。半期に一度の即興ピアニストのつれづれ。

年がら年中行事。

例年この時節は按配が良くない。

鳩尾の辺りがもわもわそわそわする。

ひんやりした湿気に包まれるともういけない。

耳の奥のどこかがそういった類のものを感知するらしいとは聞いたことがある。

とにかく意志とは関係ない次元で鬱してくる。

できることなら沼地に肩まで浸かって顔だけ出してひたすらぼんやりしていたい。

けれども朝早く起きて電車に乗って仕事しに行かなくてはならないからなかなか大変だ。

毎年恒例の年中行事のような鬱のお目見えなのだが、幾度繰り返しても慣れるものではない。毎回新鮮にツラい。傍目にはわからないのがなおツラい。もう持病と思って過ぎるのを待つしかない。

他の皆さんはこんな時期にも元気ハツラツなのだろうか。羨ましいことこの上ない。

 

夏になるとこんな気分も消えていくが、秋風が吹く頃になるとまた妙な心持ちになってくる。そして冬になって日照の少ない二月などになるとこれまたいけない。そしてしばらくすると春風が吹いたりするとこれまたよくない。

どうもわたしは日本の四季が体質的に合わないのかもしれない。

雨季と乾季くらいでちょうどいいのかもしれない。

来世奇しくもまた輪廻転生のなかに放り込まれるとしたら雨季と乾季の地域に生まれたいものだ。

風の音が狂おしいほど好きなので、木の多いところがいい。なるべくなら陽の光が透けて見える葉っぱがついてる木がいいね。

そうだなぁ…岩合光昭さんの『世界ネコ歩き』で観たギリシャ修道院のネコなんか最高にいいなぁ。

それに生まれ変わるには余程現世で徳を積まなければなれぬのであろう。

うーん、もはや手遅れか…

他生の縁。

職場の検診のため酷い嵐の中を歩いていた。

検診がなければ勤務日ではないので「わーおそとすごいでちゅねぇ〜まー大変」とかインコちゃんたちに話しかけながら屋内で悠々と過ごせたのだが…

傘をさしていても髪の毛が濡れていた。

雨風が四方八方から襲ってきていた。

そんな激しい天候の中にいるうちになんだかワクワクしてきた。ほぼ全身ずぶ濡れなのに。

道すがら知った顔とすれ違った。

「わぁ」

と手を振りサラウンド風雨の中でお互いににこっと挨拶を交わした。

「ああ、前世でもこの人とこんな場面ですれ違って挨拶をしたことがあったな」

とふと思った。

そしてみぞおちのあたりがほんわりした。

 

頭の打ちどころ。

森田梅泉さんという笛奏者の話が朝刊に載っていた。

その中で、「中学の時に岩から落ちて頭を打ってから勉強がわかるようになった」と書いてあった。

それまではまったく勉強もできなかったという。

 

「目の不自由なおばあさんが、ある日頭を打ってしまったのだが、それ以来目が見えるようになった」という話を母がしていた。

 

いずれも頭の打ちどころがよかったのだろう。

 

いったいどこを打てばいいのだろう。

とても気になる。

叩けば直る電化製品のようなものなのだろうか。

どうやら打つと血流が良くなるポイントがありそうだ。

やまぴー。

『インハンド』というドラマを今日初めて観た。

やまぴー、いいなぁ…

 

「山P」と書くのはにわかファンなので照れる。

かといって「山ちゃん」では南海キャンディーズの山ちゃんになってしまう。

山下智久」と書いておけばいいのか…

やましたともひさ、だか、やまひさともした、だか咄嗟にわからなくなりそうだ。

 

やっぱりやまぴーでいくか。

 

やまぴーとは誕生日が同じだ。

たまたまなのだが嬉しい。

厚切りジェイソンもこの日が誕生日だ。

 

小中高のクラスの中の四月生まれボーイズというと厚切りジェイソンとかカンニング竹山とかそういうタイプが多かった。

ああ、四月生まれってこんな感じなのねと思っていた(十月生まれはなかなかクオリティが高かった記憶がある)。

やまぴーが四月生まれなんて!!!

四月生まれにもあんなタイプの人がいるんだな。

四月生まれも捨てたものじゃないね。

出雲さんしくじる。

出雲大社相模原分祀

小田急小田原線伊勢原駅から30分くらい歩いたところにある。

島根の出雲大社(いずものおおやしろ)に随分前に行ったことがある。

左耳の難聴を気にして飛行機にはなるべく乗らないようにしている関係で、この時はサンライズ出雲に乗って行った。

途中で「もうそろそろ限界。下ろして」というくらいにヘロヘロになったがどうにか出雲についた。

 

その出雲大社の相模原支店のようなものが、この相模原分祀なのである。

東京にも分祀があったと思うが、相模原分祀のほうが本家と近い香りがするように思う。

その相模原分祀が広報の一環として、登録すると毎日占いをスマホに送ってくれるサービスを提供している。

そんなわけで、私のところにも毎朝8時過ぎに占いが届く。

今日も届いたのだが、しばらく後にまた出雲さんからメールが来た。

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ちなみにわたしは二黒土星

忘れ得ぬ思い出。

もう随分前のこと。

自分の部屋のベッドですやすや眠っていた。

あれは晩夏だったろうか。

部屋はマンションの共用廊下に面していた。

廊下側に格子のついた小さい窓がある。

蒸し暑かったので窓を細く開けて寝ていた。10センチはなかったように記憶している。

網戸は閉めていた。

ベッドは窓に向かって縦に置かれていた。

そして窓の方に足を向けて寝ていた。

 

足元にふと違和感があり目が覚めた。

何かがいた。

ひぇえ。

恐る恐る確かめるとネコだった。

うちにネコなどいない。

「ヤバい、インコがいる!こいつがインコを襲うかもしれない!!」

とっさに思った。

パニックになった。

別の部屋で寝ていた家族を起こした。

「ネ、ネコがいるんだけど!インコどうしようインコどうしようインコどうしようインコ…」

尋常ではない私の様子を見た母が、ネコを促し玄関ドアから廊下に逃がそうとした。けれどもネコはUターンしてまたうちの中に入ろうとした。

「インコがいるからインコがいるからインコインコインコ…」

再びパニックになった。

そんな私を横目に母は冷静にネコを追い出した。

それからしばらくは鼓動が収まらずなかなか寝付けなかった。

朝の四時くらいだったと思う。

 

明くる日の夜。

やはり蒸し暑かったので、昨夜のように窓を細く開けてすやすや寝ていた。

するとまた足元に違和感があった。

また昨夜のネコが来ていた。

もうパニックにはならなかった。

「どっからきたの?」

問いかけてみるも答えはない。

玄関ドアから追い出そうとネコに近づくと、窓枠にトンと乗って窓と網戸の隙間からすり抜けていった。

なるほど昨夜もそうやってこの部屋に入ってきたんだねキミは…

よくみるとグレーのきれいなネコだった。

 

その日を境に再び侵入してくることはなかった。

どこの家のネコだったのだろう。

今となっては楽しい思い出である。

こういうのが好きなんだなぁやっぱ。

ふと今田勝のアルバム『Andalusian Breeze』を聴き返してみたくなった。

アルバムのタイトルにもなっている第一曲目に収録されている『Andalusian Breeze』…アンダルシアの風。

それはそれはベタな節回し満載で五感がキュンキュンしてしまう。

 

この曲を初めて聴いたのは高校一年の時だった。

部活の先輩が『Andalusian Breeze』のテープを貸してくれた。

家に帰って早速カセットデッキで聴いてみた。

な、な、な、なんなんだこれは…

 

借りたテープをダビングして、それからしばらく毎日10回くらい舐めるように聴いていた。

聴くたびとろけるような気分になるのだった。

そしてピアノでメロディや和音を探ったり勝手にアレンジして弾いてはうっとりしていた。

一種の中毒症状のようだった。

 

そして今、久々に聴いてみた。

やっぱりなんかいいんだよな、ベタで。

アンダルシアーン、って感じ。

よくわからないけど。

ああ、風の音が聴こえてくる…

同じく久々にピアノでも弾いてみた。

あの頃とはまた違う和音を使って弾いていた。

今の自分はこうやって弾くのかぁ…

年月の流れと積み重ねを音を通して実感する。

歳を重ねるのも悪くないなと思う。

けれども周りにいる歳を重ねた人たちからはあまりそういう声は聞こえて来ない。

「毎日どこかが痛くてね」

「年取ると大変よ」

「どんどん背が縮んじゃう」

「耳が聞こえづらくてまいっちゃうよ」

「あーあ、若い頃はもっと動けたのに」

「つまんないねぇ、年取るってのは」

 

そんなに甘いもんじゃないのだろう、実際は。

それでもなるべく甘くうっとり過ごしていきたいものだ。

何があろうとね。