rumipianoのへっぽこるみ日記。

即興ピアニスト rumipiano(岡本留美)のブログです。日々のつれづれ、脳内日記(創作日記)、演奏会情報などを載せています。YouTube公開中(『youtube rumipiano』で検索)。お問い合わせはrumipianosokkyo@gmail.comまで。

サンクチュアリ。

サンクチュアリ

sanctuary。

聖域、とか、保護区とか。

 

かれこれもう生まれてから半世紀。

その間にいつも求めていたのは自分にとってのサンクチュアリだったんだなぁと思う。

2008年に自費制作したCDのタイトルも"Sanctuary"だったし。

 

サンクチュアリ探しの旅はまだまだ続きそうだ。

天寿の間際まで旅しているんだろうな、まったく。

それとも自分のサンクチュアリを建築し続けているのかもしれない。

そんな気がしてきた。

 

あと何年かかるかわからない。

完成するかもわからない。

完成、というと設計図や完成予想図がもともとある、ってことになるな。

それとも何だか違う感じがしてきた。

その時々で設計図も変わってくる。

設計図自体が未完なのだ。

すると「場当たり的」にサンクチュアリを作っているのだろうか?

直感と直観が混ざったような感じなんだろうなぁ、結局。

 

言葉にするのは難しい。

なので即興でピアノをはじいたりひいたりしてみた。

https://youtu.be/AuLExVmuLQc

 

 

犯人は…!!

このところずっと悩んでいた。

ピアノの真ん中の「ド」の左隣の「シ」を弾くと部屋の中の何かがビャンと響くのである。

しかもその「シ」のオクターブ下の「シ」を弾いてもビャンという音がするのだ。

何かが共鳴している。

一体何が?!

押し入れの扉は防音工事の時に二重のガラス戸になった。ビャン、と音のする方向にある。

ガラス戸を開けたり閉めたりしてチェックする。

どうやらそのひとたちが原因ではないようだ。

押し入れの中のものが共鳴しているわけでもなさそうである。

じゃあ誰だ?!

壁にかかっているカッサンドルのポスター(複製)や、いとこが描いてくれた「るも」ちゃん(「最近もわもわしてまるめ水底の藻のようなブルーな気分なの」と言った時に描いてくれたもの。「るみ(rumipiano)」と「藻」を合わせて「るも」)、お腹を押すと「プイ」と鳴るインコのぬいぐるみ、天井から吊してあるUFOの風鈴や木のネズミがバネにくっついてびょんびょん動く飾りもの…など狭い巣のような部屋にはいろんなものがいるが、どれも共鳴元ではなさそうだ。

板張りの床か?壁か?天井か?それともベッドの金具かエアコンか、換気空気清浄機か…

ピアノに集中出来なくなる。

こんなことで集中を欠いてはダメだダメだ!…と自戒する。

しかし聴こえているものを聴こえないことには出来ない。それが成功すると危険なのは遥か昔に経験済みだ(そのおかげで左耳の低音部難聴がある)。

悶々とした日々が続いた。

ピアノを弾く友人に相談してみると、

「あ、それ、ピアノあるあるだよね」

そうか、あるある、なんだ。

「わたしもあったよ。結局ブリキの間の中のえんぴつが響いていたんだけどね」

なるほどぉ…やはりその手のものかぁ…しかしこの部屋には見当たらない。

 

そして昨日…

ピアノの基礎練習を始めるや否や「ビャン」がやって来た。

けれどもいつもより「ビャン」の音が耳に近づいてきたような気がした。

注意深く音の方向を探る。

どうやら上方から来ているようだ。

上方…天井についている照明器具、シーリングライトが目に入った。

ベッドの上に乗りシーリングライトのカバーを触ってみると中途半端な嵌り方をしているのが分かった。

慎重にカバーを調整した。

しっかり嵌めた。

そしてベッドから降りてピアノの「シ」を弾いてみた。

共鳴はしなかった!

「あ〜そうかそうかきみだったのか…そうかそうかきみだったのか…」

知らず知らずのうちにシーリングライトに話しかけていた。

よるさんぽ。

日曜のよる。

雨の中、さんぽに出る。

絶滅しないで欲しいなぁと思うものの一つ、ウォークマンと一緒に歩く。

ランダム再生にしていろんな曲を耳にしながら歩くのは楽しい。

 

途中、公園に寄る。

ヒトはいない。

最高だ。

決して大きな公園ではない。

周りはコンビニや人家などに囲まれている。

けれども一旦公園に入るとふっと世界が変わる。

空がまるく開ける。

気づくと傘を高く掲げていた。

このまま暗い雨空に吸い込まれたくなる。

宇宙の入口かな、ここは。

そういえばUFOのような形の遊具がある。

 

公園からしばらく歩くと日銀やらなんやらビルが建つエリアにたどり着く。

ヒトは少ない。

最高だ。

広い空に塗れる。

人工物と緑があってヒトの気配が薄い場所にいるとホッとする。

 

大きな通りを渡るのに横断歩道で信号を待つ。

見上げると交差点の名前のプレートと信号機と誘導灯のオレンジの光、そしてその光に照らされた雨足が一時に目に入ってきた。

傘に降る雨の音に包まれながらずっと見ていた。

いつまでも見ていたい。

もう信号は変わらなくてもいいと思うほどに。

四月の思い出。

"I'll Remember April"、『四月の思い出』。

メロディをアレンジして大学の頃から時折弾いていた。

柄にもなく公立中学の教員をしていた頃、学校の校庭で地域フェスみたいなのが開催されたことがある。仮設ステージに電子ピアノがあって、そこで弾いたのを覚えている。

なぜ覚えているかというと…

柄にもない仕事が本当に辛かったから。

この仕事しかない…この仕事を続けるためにはピアノへの想いは断ち切らないと…と毎日のように言い聞かせていたからだ。

つい先日、たまたま出てきた昔の日記にはそんな苦悩が切々と綴られていた。

そこまでの苦悩だったことはすっかり忘れていた。

「こんなに思い詰めてかわいそうに…」と今のわたしは涙無しでは読めなかった。

そう、その仮説のステージで『四月の思い出』を弾いた時の全身がほとばしりるような感覚には自分自身でもびっくりした。

 

久々に弾いてみるとまた違った弾き方になっているのを発見した。

勢いに任せて弾いたのでちょいちょいやらかしている。

きちんと弾いて撮り直そうかとも思ったが、ちょっとこの勢いも我ながら愛おしかったのでこのままYouTubeに載せてみることにした。

https://youtu.be/M_umPRSuoBM