へっぽこるみ日記。

即興ピアニスト、岡本留美(Rumi)のブログ。演奏会情報も載せています。脳内日記(創作日記)もありますよ。

脳内日記 其の十五。

霧雨の夜。

てらてらした舗道を街灯が照らし出す。

無性に歩きたくなった。

どこまでも、どこまでも。

 

昨日割れてしまった風鈴がちりちり、ちりちりと鳴っている。

ああ、よかった。

ここでは割れていないんだ。

 

舗道に誰かが大の字で仰向けなっている。

酔っ払いか。

女の子だ。

街灯が彼女の顔を照らす。

見覚えのある顔だ。

誰だっけな。

誰だったっけな。

なんだ。

なんだなんだ。

わたしじゃないか。

それも中学三年の時の。

 

「こんばんは。ご無沙汰だね。こんなところで何してるの?」

「誰もいない道路を見たらどうしても真ん中に寝っ転がってみたくなって…」

「どんな感じ?」

「自由な感じ。解放感、というか…」

「なるほど…くれぐれも車には気をつけて」

「ありがとうございます」

 

ございます、か。

それにしても昔も今も相変わらずだな。

 

足裏がほんのわずかに浮いている。

気分がいいからこのまましばらくいこう。

疲れたら舗道に大の字になればいい。

 

 

 

 

遅ればせながらビートルズ。

ビートルズとの出会いは中学校の英語の時間に聴いた『Yesterday』。

そのあと、カーペンターズの『Yesterday Once More』に出会い、うわぁぁとなって『Yesterday』は意識の中から吹っ飛んだ。

 

ビートルズは巷で持て囃されている割にはそれほどでもないな…と生意気にも思ってしまった。

ハルキストを見て村上春樹を敬遠してしまった時と同じ構図だ。

大昔に『ノルウェーの森』を叔母が貸してくれて読んだ時は、病み気分にどっぷり浸かったのだがその後が続かなかった。『アンダーグラウンド』や『1Q84』も読んだがそれまでだった。

 

村上春樹がいろんな人からの質問に答えるという形式の『村上さんのところ』で大好きなフジモトマサルさんが挿し絵というかイラスト漫画を描いている。安西水丸さんがずっと描いていたのだが、お亡くなりになりそのあとをフジモトマサルさんが継いだのだ(そしてフジモトさんも若くしてお亡くなりになってしまったのだ)。

「フジモトさんは大好きなのにもれなく村上春樹が付いてくる」というダブルバインドに苛まれながらも、フジモトさん見たさに購入。

「フジモトさんの漫画だけ読むからいいや」と本をめくり始めたのだが、村上春樹の返答がなんとも面白く不覚にも一字一句最後まで読んでしまった(ご本人もハルキストに困っているらしいのもその本で知った)。

その後、作品も読んでみたくなり『TVピープル』を読んでうわぁぁぁとなった。

 

さて、ビートルズ

何かのきっかけで『Norwegian Wood』(ノルウェーの森)を聴いてうわぁぁぁとなった。

そしてアルバム『Rubber Soul』を聴いてさらにうわぁぁぁうわぁぁぁうわぁぁぁとなった。

聴いたことのあるフレーズ目白押しだった。

能天気で軽いサウンド、という勝手に抱いていたビートルズのイメージも吹っ飛んだ。

ああ、固定観念は怖い。

大事なもの、必要なも、素敵なものを遠ざけてしまう可能性がある。

本当に怖い。

 

『Rubber Soul』には面白い音がたくさん入っている。『Michelle』とか『Girl』とかいろいろいろいろ…

そのメロディ、そのアレンジ…

君たちゃ一体そいつらをどこから連れてきたんだい??

他のアルバムにもきっといろんなものが入っているんだろなぁ…気になるなぁ…

脳内日記 其の十四。

昔買った小説を読み返しているとこんな場面が出てきた。

主人公は画家。

創作に行き詰まり、長い苦悩の末に師匠のところへ相談に行く。

訪ねてきた弟子に師匠が静かに語りかける。

「焦ることはない。昔からいうじゃないか、『止まない雨はない』って」

 

止まない雨はない、か。

なるほど。

雨は止むものだった。

それがある時を境に止まなくなったのだ。

 

小雨が一月ほど降り続いた頃、気象庁が次のような趣旨の会見をした。

「残念ながら今後も雨の止む見通しが全くない。水害の恐れも非常に高いので最大の注意をしてほしい」

国民はパニックになった。

ホームセンターでは水害に備えて砂袋や小型のボート、救命ジャケットが飛ぶように売れた。

家電量販店では除湿機や乾燥機の類が軒並み品薄となった。

各地で雨乞い専門の祈祷師の家が襲撃される事件も起きた。

また国外へ避難する者が後を絶たず、国による渡航規制がかけられた。そのため国外避難の斡旋を持ちかける詐欺グループが横行し、奇しくもオレオレ詐欺の類は全くなりを潜めた。

国会前では長雨問題に無策の政府への大々的なデモが行われた。

都知事が長雨対策に打ち出した「てるてる坊主キャンペーン」が発端で、爆発的なてるてる坊主ブームが到来した。

銀座の貴金属店が1億円(税別)で売り出した限定1000個の18金のてるてる坊主が開店から30分で完売した。

てるてる坊主のゆるキャラ「てるぼ」が大人気となり傘やレインコートをはじめとするキャラクターグッズがバカ売れした。

全国では僧侶がてるてる坊主の格好をして鎮雨法要をするのが流行り、減少傾向にあった檀家数もかなり盛り返した。

ある神社では「雨除け守」を新たに出したところ毎日多くの人が押し寄せて、一時はお札を手に入れるのに一年待ちという事態にもなった。

また「雨除け」と音が似てる、とネットで広まり験担ぎに上野のアメ横に訪れる人が後を絶たず一大パワースポットとなった。

一方、長雨の影響で体調を崩す人も増えた。

中でも日照時間が激減したせいか鬱症状を訴えるひとが増え、どこのメンタルクリニックも大賑わいだった。

鼻くそを食べると免疫が上がる、とある脳科学者が言ったのを端緒に、お金のかからない手軽な健康法ということで「鼻くそ健康法」は各種メディアで盛んに取り上げられ、書店では「鼻くそ健康法」に関する雑誌や本のコーナーができた。

二番煎じで「耳あか健康法」も出てきたが、こちらはそれほど流行らなかった。かかりつけの耳鼻科の医者も「流石に耳あかでは免疫は上がらないでしょう」と眉を顰めていた。

鼻くそと比べると耳あかは食べづらそうだ。

 

あれから二十年近くが経った。

今も窓の外ではしとしと小雨がが降っている。

大雨になったりはしない。

ずっと小雨か霧雨だ。

空の上の方は恒常的に霧が立ち込め、高い建物はみな下半分しか見えない。

ある健康器具が電機メーカーと共同開発した人工太陽機能付照明器具「サンパワー」と除湿機は今やどの家でも必需品となった。

おかげで長雨の中でも大分暮らしやすくなった。

雨を止ませようという取り組みも様々に試行されたがどれも失敗に終わり、もっぱら「サンパワー」頼りだ。

長雨の影響で生産が絶望視されていた葉物野菜なども「サンパワー」による室内水耕栽培で生産可能となった。

身につける衣服もインド綿や麻素材が主流だ。

湿気が多くても比較的快適でしかも濡れても乾きやすい。

靴は薄い革製のものを履いている。

ビニール素材のスニーカーを履く人も多い。

人々も良くも悪くも以前のような覇気はなくなったが、全体的に穏やかで物静かになった。

「近隣諸国が攻めてくるから武器を買う」だの「軍隊を合法化しろ」だの「世界の真ん中で活躍しろ」「一生現役で働け」だのと勇ましいことを政治家か言っていた時代があったらしいがよほど天気が良かったのだろう。

今や日本上空は始終厚い雨雲が垂れ込めている。この雨雲が日本を守ってくれている。何やらこの雨雲、他国の敵対意識を削いでしまうらしい。

天照様の代わりに「雨神様」をお祀りする家も増えた。特にどこから強制されたわけではなくごく自然に始まった風習だ。小さな睡蓮を浮かべた鉢の中に雨神様が宿るとされている。

雨神様信仰は世界的な広がりを見せている。

そのおかげが近年日本の他にも雨雲に覆われる国が増えてきたらしい。

膨大な国防費から解放された国々はベーシックインカムを導入するなどして人々の穏やかな暮らしを実現している。

そのような先進国では今や学校も職場も週休5日制が定着している。

 

さて、今日も雨神様にご挨拶に行こう。

フロアコンサートのチラシもどうぞよろしく。

「Rumi&Yukkoのやりたい放題」のチラシと一緒に上がってきましたよ、フロアコンサートのチラシが。

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チラシのデザインが好評です。

とっても素敵。

これ、実はYukkoさんの作品なんです!

やりたい放題のほうのチラシの原案もそうなんです。

すごいなぁ!

 

フロアコンサートは「岡本留美」名義の久々のソロコンサートです。もしかしたら十年ぶりくらいかもな。さてさてどうなることやら…

 

まずは8月3日のやりたい放題に向けて頑張ってまいりましょう。

 

それにしてもそろそろ太陽にお目にかかりたいです。

「湿度も高くとにかく暑い」「今日はまた一段と暑い」「暑い」「暑い、暑すぎる」…去年の今頃の日記に書いてありました。

東北の大震災以来どうも気候が更に極端になってきたような気がするのは思い過ごしでしょうか。

デリカシー。

音楽の授業に物足りなさと音楽の先生の音楽的デリカシーのなさに心を痛めていた小学校、中学校時代。

メロディーが何調であれ伴奏がハ長調の「ドミソ」だったN先生。

メロディーがどう動こうと伴奏がその調の「ドミソ」(しかもペダル踏みっぱなし)だったY先生。

歌のテストでピアノ伴奏をクラスの人数分(48回だったと思う)をわたしに弾かせたF先生(でもこの先生はどういうわけか好きだった)。

…などなど。

 

そんな失意の中で入学した都立高で出会った音楽のK先生はまるで違っていた。

音楽の匂い、芸術家の匂いがした。

別に近くでくんくん嗅いだわけではないが。

 

ある音楽の授業で音楽鑑賞をした。

なんの曲だったかは覚えていないが、もうすぐ授業終了のチャイムが鳴りそうだったので先生は音楽を途中で切った。このこと自体はこれまでも珍しいことではなかった。

しかし、その切り方が全く違っていた。

K先生はさりげなくボリュームを絞ってフェイドアウトさせたのだ。

これまでの先生はバキッと平気で音を切っていた。だから聴いている方もいきなり耳を塞がれたような気がしてドキッとしてしまうのだ。

K先生はすーっと音を消した。

ものすごく感動した。

音を大切にするとはこういうことなのだ、と。

それからわたしもコンポで音楽を聴いていて途中で切るときはフェイドアウトさせている。

 

歌の伴奏でもK先生のピアノの音はこれまでの音楽の先生の音とは明らかに違っていた。

響きやフレーズが美しいのだ。

歌わずに聴いていたいくらいだった。

先生は他にも、海外のジャズフェスの映像を見せてくれたり、シェーンベルクの『浄夜』のさわりを聴かせてくれたり、実技のテストでは自由に演奏させてくれたり、作曲させてくれたりと本当に刺激的な授業をしてくれた。

「ナンセンスよね〜」というのが口癖だった。

 

先生がお知り合いの方と演奏会をなさるというので伺ったことがあった。会場がどこだったか…

ショパンソナタ第三番を弾いていたのを覚えている。

その姿は本気で音楽と対峙する演奏家だった。

 

K先生から受けた影響は計り知れない。

細野さん。

先日、近所の山野楽器で細野晴臣の『フィルハーモニー』を取り寄せしてもらった…という話は「フニクリフニクラ」のところで書いたと思う。

今日は『ホチョノハウス』(カタカナにすると脱力感が増しますなぁ…『Hochono House』です)かないかなぁとのぞいたら置いてあった。細野さんの最新アルバムらしい。そしてその横に『フィルハーモニー』があった。

お、常備してくれたんだね。

 

そんなわけで、細野さんのアルバムを集めては聴いている今日この頃。

 

細野さんのボーカルって若い頃から隠居のにおいがするような気がする。

若年寄、というより、隠居。

それでいて音楽はエッジが効いている。

この絶妙なコンビネーションは神業だなぁと思う。

天才ってこういう人のことを言うのかもしれない。

 

ずいぶん長い間、伊武雅刀と区別がつかなかった自分は何してたのかと思う。

細野さんのすごさに気づけてよかった。