へっぽこるみ日記。

毎日毎日日が暮れる。半期に一度の即興ピアニストのつれづれ。

むちゃぶり

今、部活のあり方が問題になっている。

部活指導の名の下に教員(生徒もかな?)の土日が潰されたり、「何事も経験だから」と経験もないのに顧問にさせられ指導させられたり…

 

中学生の頃、ちょうど部活全入の時代だった。部活に必ず入らなければいけないのである。

入りたい部がなく大変困ったので、活動実態のあやふやな部活をなんとか探り当てた。

陸上部。

活動は週2日ぐらい。

活動内容は校庭の砂場で棒倒し。

細い枝を拾ってきて砂で山を作りそのてっぺんにその枝をぐっと刺し、ジャージを着た部員(全員女子)が順番に山裾の砂を両手で掻き分ける。棒を倒した人が負け。負けても「あーあ」ぐらいで、また新たに山を作って棒を刺して再開だ。そうして部活の終わりの時間まで

凌ぐのである。

ある日、珍しく顧問が現れ「試合に出るぞ」といった。仕方なく種目を決めてとりあえず適当に練習をしていた。その間棒倒しはお休みだったかどうかは残念ながら記憶にない。

初めての試合である。部員の思いは「やだな」一色だった。

それから数日後、顧問が再び現れ「手続きのミスで試合に出ないことになったぞ」。

一同安堵し、棒倒しを再開した。

しかし、避けられないものもあった。体育祭の部活対抗リレーである。これは仕方ない。リレーの順番だけ決めて多少は練習をしたかもしれないししなかったかもしれない。

体育祭当日、試合用のユニフォームを渡された。初めて見た。黒の上下(上には白抜きで何か文字が書いてあった)。袖なしに短パンだ。

棒倒しで鍛えた部員たちのカラダが黒の上下に収まると妙に艶かしいのである。ぽっちゃりグラマーとほっそりグラマー。

さて、部活対抗リレーがスタートした。バスケ部だのバレー部だの花形の部活のメンバーたちが颯爽と走る。その間を我ら陸上部のグラマー集団が胸元を揺らしぽよんぽよん走る。結果、順位は最下位くらいだったが注目度はナンバーワンであった。

 

中学教諭の頃、女子テニス部を若い新任ということで持たされた。テニスなど全く経験がない。断りきれず、顧問として名前だけでもいいやと思いしばらくは練習も見ずにいた。すると男子テニス部のバリバリの顧問の先生が「ぼくも教えますので一緒に頑張りましょう。まず、ジャージ着てラケット持ちましょう」。

仕方なく近所のスポーツ用品店へ行く。それだけでもスポーツ嫌いのわたしにとっては大変な勇気のいることであった。店に入るとスポーツっぽい人が出てきた。ああ、もうダメだ。でも買わなきゃ、ジャージとラケットを…ジャージなんて触るだけでゾクっとする。

フラフラになりながらやっとの思いでジャージの下とラケットを買ってそそくさと店を退散した。

さて、女子テニス部。幸いなことにそれほど熱い生徒がいなかった。「勝ち負けとかじゃなくて楽しくほんわかやろうね」と言い含めていった。

けれども「試合があります。出てみましょう」と例の男子部顧問に言われ、女子部員たちに伝えると「出てみたい」と言うので無下にもできず、試合出場という運びになった。

 

さて、ある試合での出来事。

日曜の朝っぱらから試合の引率に行った。

中には試合に出るのに気乗りしない部員もいた。

町田の南部から電車やバスを乗り継いで学区域からは程遠い日野の会場にギリギリ到着する。

すると受付で衝撃の事実を知らされる。

「エントリーされてないですよ、おたくの学校…」

絶句した。

たしかにファックスでエントリーシートを送信したはずだ。

どちらの手違いがはっきりせず、かといって試合出場は運営の都合上もう無理だという話になった。

どうしよう。

ジャージを着せてこんなところまで来させたのに…部員たちになんて言おう…

 

「ごめん、手違いで試合にエントリーされてなかったんだって…」

部員たちは思っていたより穏やかに受け止めてくれた。中にはホッとした部員もいたようだった。

けれどもこのまま帰るのはしのびない。

その時咄嗟に浮かんだ三文字…

『高 尾 山』

そうだ、高尾山に行こう!!

「ねぇ、今から高尾山にケーブルカー乗りに行っちゃおうか?」

とジャージにラケット姿の部員たちに言うと

「いきたいいきたーい」

 

一同、日野から高尾山へと向かった。

道中どんな様子が心配だったが、部員たちの表情は一様に楽しげだった。

まだミシュランガイドに掲載される随分前だったので、東京の奥座敷といったいい風情があった頃だ。平日の午後などにふらっと訪れると、いわくありげなカップルがポツポツと歩いているようなお忍び感さえ漂っていた。

その日はお天気もいい日曜日だったように思う。

「たのしかったねぇ〜」

と言ってその日は部員たちとお別れした。

部員たちの道中の交通費やおやつ代はすべてわたしのポケットマネーで調達したけれど、すごく楽しかったな。

 

今なら各方面からの苦情や叱責の嵐が吹き荒れたことだろう。

まだまだ緩やかな時代でありましたとさ。

 

こどもにとってもおとなにとっても窮屈で苦しい場になっていないだろうか、学校が…