「マダツカエルヨ」
「マダツカエルヨ」
この頃外を歩いているとよく聴こえてくる。
けれども声の主がわからない。
今日も道すがら聴こえてきた。
「マダツカエルヨ」
思わず辺りを見回した。
他の通行人もいたがみんな素知らぬ顔で歩いている。
聴こえていないのかなぁ、この声…
自分にしか聴こえていないのか?!
さては幻聴か…
不審に思いながら先へ進むと市役所に行きあたった。
いつも何かしらの垂れ幕が下がっている。
ふと見ると
「まだつかえるよと ゴミ箱から 声がする」
と書いてある垂れ幕がひらひら風に煽られていた。
どうやらリサイクル推進の標語らしい。
そっか、そうだったのか!
あの声はゴミの声だったのかぁ…
声の正体がわかりホッとしたのも束の間、果たして本当に聴こえていいものなのか不安になった。
市役所に入って各階の案内を見た。
「リサイクル推進課」というものが四階にあるらしい。
早速エレベーターで四階まで上がった。
天井に案内板が吊り下がっていた。
案内通りに行くとリサイクル推進課があった。
「ちょっとお伺いしたいのですが…」と受付で声をかけると一番手前にいた職員が席を立ち応対に来た。
「何でしょう?」
「あの…市役所の建物に掛かっている垂れ幕のことなのですが」
「はい?」
「『まだつかえるよと ゴミ箱から 声がする』というやつのことなのですが」
「あれがどうかしましたか?」
「本当に聴こえるのですが…」
「ああ、そうでしたか!実はこのところ同じ問い合わせが何件がありまして私共の方でも調査中でして…お時間よろしければお話伺わせていただけますか」
「ええ、是非。もう気になって仕方なかったもので…」
「どの辺りでお聴きになりましたか?」
「そうですねぇ…北町団地の辺りでよく耳にします」
「どんな声でしたか?」
「いろいろです。高かったり低かったり澄んでいたり掠れていたり…」
「なるほど。確かにあの辺りで聴こえることが多いらしいです」
「でも聴こえない人が大半のようです。わたしも聴こえないんです。聴いてみたいとはかねがね思っているのですが…」
一通り話をしてから市役所を後にした。
少し買い物をしてから家に帰った。
鍵を開けて中に入った時だった。
「マダツカエルヨ」
家の中で声を聴いたのは初めてだった。
「マダツカエルヨ」
声は窓際の鳥かごの方からしていた。
「マダツカエルヨ」
「ポンちゃんどこで覚えたの?!」
ポンちゃんに聞いても分からなかった。
するとまた聴こえてきた。
「マダツカエルヨ」
今度はポンちゃんではなかった。
ベランダの方から聴こえた。
燃やさないゴミに出そうと思ってベランダに置いてあった木製の丸椅子が喋っていた。
「そうだね、磨けば綺麗になりそうだもんね」
「ウン、マダツカエルヨ」
「わかったわかった」
丸椅子を宥めながら椅子を磨いた。
なかなかいい感じになった。
ペンギンのぬいぐるみを座らせてみたら思いの外しっくりきた。