きみと出会ったのは23年前。
くすんでいたこの街がカラフルにキラキラ輝き始めた。
きみに会ってから、少しおしゃれになった。
きみに会ってから、少しグルメになった。
きみに会ってから、買い物の振る舞いが変わった。
きみはどこかいい匂いがした。
きみはいつも清々しかった。
東日本大震災が起きた翌年からきみはその日のその時刻が近づくとよくラフマニノフの『ボーカリーズ』を流していたね、弦楽バージョンで。
あの雰囲気はこの街ではきみにしか出せないと思ったよ。
でもだんだんとそんなきみがこの街にいることが当たり前になって時にはきみを邪険にした。
「ま、伊勢丹といっても府中のだから」とかなんとか生意気なことを言ったりね。
洋服や靴は他の街にいるきみのきょうだいのところやほかのところで買うことが多くなった。
でもきみのきょうだいのところでみつけたいいものがきみのところにもありそうな場合は必ずきみのところで買っていたよ。ほんとだよ。
きみの地下の食品売り場にもよく行くようになったし、きみの食堂や喫茶店にも行ったよ。
きみの食堂に福山雅治みたいな喋り方をするホールスタッフがいたっけね。
きみはこの街からいなくなった。
また色のないくすんだ街に戻ってしまった。
一夜の悪夢であればいいのに。
でも今日になってもやっぱりきみはいない。
明日も明後日もきっといないのだろう。
こんな思いも時の流れの中では儚いものになるのだろうね。
きみのうちのブルーの表札に足場がついたよ。
きみの表札は大きくてしかも高い場所にあるからね。夜になると光るの、きれいだったな。
あ、そっか、きみのうちは賃貸だったんだね。
賃貸物件は退室時現状復帰が基本だもんね。
そう、よそ者はこの街ではなかなか大変なんだよね。
土着が強い街だからね。
歴史がある、ってそういうことなんだろうね。
ぼくも代々の土着じゃないからよくわかる。
この街の土着の威力はほんとうにすごいからね。
だからきみにこんなにも惹かれたのかもしれない。
でももしかしたらきみほどのひとでもこの街ではよそ者だったのかもしれないね。
23年間ありがとう。
さようなら。
おげんきで。