日頃の生活の中で溜まったモヤモヤが年末のせいか膨らみすぎて塞ぎの虫を連れてきた。
そんな様子を見かねた頼もしきいとこが気晴らしにランチでもしよう、と言ってくれた。
いとことわたしの住まいの共通路線はJR武蔵野線。沿線の北朝霞駅近辺でカフェを検索すると「八右衛門」という古民家カフェがヒットした。
陶芸体験も出来るらしい、ということで行ってみることになった。
北朝霞の駅からてくてく歩いて辿り着いた。
お邪魔します、と自然と言いたくなるような風情のカフェだった。
家の中にはテーブル卓がいくつかある部屋の周りを陶芸作品や民芸品などが囲んでいた。
その中に紛れて古いアップライトピアノが鎮座していた。
塞ぎの虫が滞在しているにもかかわらず、ピアノが気になって仕方ない。
お店の方にピアノのことを勝手に口が聞いてしまっていた。
元は西部開拓時代のアメリカのオートプレイピアノだと教えていただいた。
鍵盤は象牙らしい。
いとこと話をしながら美味しく健康的なランチやケーキをいただいた。
それからカフェの中に並べられている陶芸作品をひとつひとつ見て回った。
縁側のガラス窓の向こうは陽当たりのいい庭だった。
陶芸もお庭もいいなぁ…と味わいながらもピアノの蓋を開けて中を見たくてウズウズしていた。
気づくとピアノを舐めるように見ていた。
ペダルは三本あった。
蓋の隙間から白い歯のように鍵盤がチラッと見えた。
離れられなくなった。
お店の方にピアノの中(鍵盤)を見たい旨を伝えると、お客さんがいないので弾いてもいいですよ、という心優しいご配慮をいただいた。
蓋を開けてみると象牙の鍵盤が並んでいた。
このところ乾燥気味の指先にもとろりんとまとわりついてきた。
音もとろりんとしていた。
しばらく触っていた。
そして蓋を閉めた。
お食事などのお会計をする時に財布の中に入れていた「即興ピアニスト」の名刺をお渡しした。
怪しい名刺だよなぁ…このご時世でYouTubeなどに演奏をアップしていないし…と思いながら。
それから庭に出て、彗星のようなモチーフのついた陶芸品の椅子に座っていとことあれこれ話していたら、陶芸教室の生徒さんが呼びに来て下さった。
さて、陶芸体験。
酵母の研究や管理栄養士やいろいろな経歴をお持ちのパワフルで素敵な70代の先生だった。
陶芸は40代から始めたそう。
美術、技術系が児童生徒の頃から苦手だったのでこういうことはボンヤリしてしまう。
けれどたまには自分と遠いものをやってみるのもいいかなと思った。
塞ぎの虫が活躍している時は自我が膨張してたりするので丁度いい。
美術系のいとこがランプシェードを作りたい、と言ったのでわたしもそれに乗った。
粘土を乾燥させないように注意しながら作業台にパタンパタンと打ちつけて空気を抜いていった。
空気が抜けている感触も分からないままパタンパタンとやっていた。
やはりどうにも心許ない感じがするのだろう、先生が随分と助けてくれた。
美術や技術家庭の授業でもそうだったなぁ…と懐かしく思った。
先生といろんなお話をしながら作業をした。
その傍で生徒さんたちがろくろを回したり、粘土を触ったりしていた。
ランプシェードが仕上がった。
残りの土で湯呑みを作る。
粘土は気をつけないと乾燥してひびが入ってしまう。
気がつくと手についた土がカピカピになっていた。
粘土も小さな断層がところどころにできていた。
湿らせて修復しようとするがなかなかうまくいかなかった。
土の言うことを聞かずに無理やりやるとこうなるのかな、と思い直した。
ここでも先生に軌道修正していただいた。
そして何とか終了。
焼き上がり、どうなるかな。
工房を出たら、武蔵野の夕暮れが広がっていた。
いい時間が流れている場所だなぁと思った。
八右衛門に流れる柔らかい空気にほんわり包まれながらいとこと駅まで歩いた。