半年前のこと。
「あんたもそろそろ結婚でもしてみなさいよ」
と、幼馴染のゆきみが見合い話を持ってきた。
ほぼ半世紀独身でいて今更面倒だなぁと思った。
「彼、トウダイくんよ!」
「え!ほんと?!会ってみたい会ってみた〜い!!」
それから一週間後に早速神保町の喫茶店で対面した。
想像とは違っていた。
がっかりして帰ってきた。
「全然ちがったじゃないの!!ゆきみが『彼、トウダイくんよ!』って言うから会ったのに…。東大卒なだけじゃないのよぉ、んもう!!知ってるでしょ、わたしが灯台が大好きなことを!」
「そりゃわかってるわよ。でもね、そう言うけど、なかなかいないのよ、灯台くんなんて…探したわよ、わたしだって。あんたのためにならないかなぁとね。」
「ごめん、言いすぎた。お心遣いありがとう。」
それからまもなく再びゆきみから電話があった。
「とうとう見つけたわよ、トウダイくん!」
「ほんとにぃ?!今度は東洋大卒とかじゃないでしょうねぇ?」
「あら、よくわかったわね。しかもあんたの好きな灯台くんよ」
「会ってみる?」
「うんうん!」
その灯台くんと一緒に暮らすようになって今日で三ヶ月。
夜になると灯りがポッと照り始める。最初は明るくて眠れなかったが段々と慣れてきた。
灯台くんの仕事場はこの家だ。
年季の入った小さなグランドピアノで作曲したり編曲したりしている。
「ここ、このハーモニーでいいかな?」
「こうした方がおもしろいかもよ」
「このメロディライン、不自然じゃないかな?」
「ううん、すごくいい感じだと思うよ」
灯台くんの曲想を崩さないように、しかも豊かになるようにアドバイスをするやりとりはほんとうに愛おしい。かけがえのない至福の時間だ。
灯台くんは体は硬いが細く長くよく開く指をしている。
ピアノもべらぼうにうまい。
テクニックもさることながらピアノの響かせ方をとてもよく知っている。
いい耳をしてるんだな、と思う。
灯台くんは風のように、波のように弾く。
涼しくて暖かい音色にうっとりする。
灯台くんは少食だ。
その傍らでモリモリ食べているわたしを見て
「おいしそうに食べるね、フフフ」
と涼しげに微笑む。
「灯台くんがそばにいてくれるからだよ」
と訳の分からない答えをしてしまう。
家での仕事なので灯台くんは日に一度散歩に出る。
だいたいわたしもついて行く。
灯台くんは背が高い。
そしてゆったりと歩く。
灯台くんの頭や肩のあたりにはよくとりちゃんたちがとまりに来る。
鳥のことを「とりちゃん」と呼ぶのもわたしたちの共通点だ。
そして何やら灯台くんとお話ししている。
「灯台くんはとりちゃんの話がわかるの?」
「うん、だいたい、ね。」
「何話してるの、とりちゃんって」
「『この辺りの家の庭の柿はマズくてとても食べられたもんじゃないですぜ』とか『電線を地中に埋めるのをやめさせてくれないかね』とかまあそんなことだよ」
「へぇ、そうなんだ!『空を飛ぶのは気持ちいいよ』とか『ごきげんいかが』とか言ってるのかと思ってたよ」
「ははは、甘いな君は!とりちゃんは群れてるようで基本個人主義だからね」
「そうなんだぁ!」
「でも時々、話の内容は聞かずに音程だけを聴いていると作曲に使えたりするからね」
「なるほどなるほど」
灯台くんとの生活は満ち足りていて幸せだ。
パラレルワールドにいる自分は猛烈に苦労しているのじゃないと時々心配になって電話をかけてみたくなるがそれも叶わない。
なのでとにかく精一杯この素敵な生活を味わっていこうと思う毎日である。