あれはちょうどひと月ほど前。
いつものようになんとなく悶々としながら昼日中の近所を散歩していた。
するとふと細い路地を見つけた。
こんなところに道があったんだ。
いつも通っているのにぜんぜん気づかなかったなぁ…
どうせなので通ってみた。
すると突如ぼわんと白い煙が立った。
煙が空に消えて行くとそこに現れた。
頭が三角で白い袖なしのAラインの形のワンピースを着てぐんにゃりとカーブした杖を持ったお方が。
この出立ちとくれば神様と相場が決まっている。
本当にいたんだ、神様って…
しかもこんな場所で出会うとは…
「あ、神様。初めまして。」
とあいさつをした。
「よくわしが神様だとわかったな、おぬし」
「はぁ」
「大したものだ。いやあ実に大したものだ。わしも頗る気分がよい。ではせっかくなので汝の願いをひとつ叶えてしんぜよう」
「ふ、富裕層になりたいのですが…」
咄嗟に口が言っていた。
「フユウソウ?」
「は、はい。」
「なに、そんなものでいいのか?」
「はい。」
「わかったわかった。わしに任せとけ。」
神様はその場で杖を天に向けて二、三度クルクルと回して「おんまかしゃりぱりぴり、ちゃい」と呪文を唱えて消えてしまった。
今のは現実だったのか幻だったのかと考えながら散歩の続きをしていた。
ふと気づくと視界が神様と会う前とどこか違っていた。
どうしたのだろう。
通りすがる人たちの誰もが不思議そうに自分のことを見上げていた。
不安になって自分を見回してみると、足が地面から浮いていた。だいたい五、六十センチといったところか。
「お前はいつになったら地に足が着くんだ、まったく」と今は亡き父に事あるごとに言われていたが、まさかこんなことになるとは…お父さんごめんなさい。
しかしなぜ急にこんなふうになってしまったのだろう…
ん〜…あ!
さては…神様の仕業では!!
でもなぜだ??
富裕層…フユウソウ…フユウ…ふゆう……
浮遊、だ!
ああ…そうか、そうだったか…
神様の「フユウソウ」という言い方にどことなく違和感があったのを思い出した。
なるほど。
神様がイメージしていたのは「浮遊」層、だったのだ。
それからは浮遊層の日々が続いている。
今は空前の浮遊層ブームだ。
浮遊層の第一人者としてマスコミなどに引っ張り凧でそれはそれは忙しい。
毎日スケジュールも分刻み。
インターフォンが鳴った。
マネージャーが迎えに来た。
マンションの最上階にある自宅からの眺めが名残惜しいが家を後にした。
エントランスのところに運転手付きのセンチュリーが停まっている。
「おはようございます」
とマネージャーがドアを開けて待っている。
「今日のスケジュールは?」
「13件入っております。1件目は…」
浮遊と富裕を手に今日も行く。
あれ以来神様ともすれ違っていない。