夕方になると防災無線が「そろそろ帰んなさい」の音楽を流す。
防災無線のスピーカーが家から近いところにあるのでよく耳にする。
ラードドーラーソファーソーラドーラソー
ラードドーラーソファーソーラーソーファファー
レーファファーミードーレーレーファーミードーレー
レーファファーミードーレーレーファーミードーレー
ラードドーラーソファーソーラドーラソー
ラードドーファーソラーソーファソーレーファー
ソーファソーレーファー…
というドボルザーク(ドボルジャーク又はドボジャーク)の交響曲の一節(『家路』)をパイプオルガンで演奏したものが流れる。
2回目の「レーファファーミードーレーレーファーミードーレー」の最後の「レー」のところに合わせて「ファミ♭レードシ♭」というオブリガード(助奏。メロディーを盛り上げる縁の下の力持ち的役割。合いの手みたいなものかも)が入る。
メロディはへ長調らしき五音階(ファソラドレ)だ。
ちなみにへ長調は「ファソラシ♭ドレミ」。
けれどもオブリガードでは「ミ」をフラット(♭)させてニュアンスを出している。防災無線の音楽ならもしここにオブリガードを入れるとしたら「ファミレードシ♭」と普通にへ長調の音でいきそうなものだ。
この「ミ♭」に並々ならぬアレンジャーの魂を感じる。
去年の最初の緊急事態宣言でヒトが絶滅したのではないかと思うくらい外にヒトの姿がなかった日々にも、パイプオルガンの『家路』は毎日流れていた。ヒトがいないせいか空気が澄んでいて音も見事なまで美しく朗々と響き渡っていた。その音色に心が震えたのを今でも覚えている。
さて、この防災無線『家路』に異変が起きたのは二日ほど前の暮れ方のことだっただろうか。
『家路』が流れた途端猛烈な違和感があった。
何かが違う!
衝撃が走った。
音が違う!
アレンジが違う!
そしてあっという間に音が消えた。
ラードドーラーソファーソーラドーラソー
ラードドーファーソラーソーファソーレーファー。
今のは何だったのだろう?!
夢か?
昼寝は悪夢を伴いやすい。
いきなり異次元のパラレルワールドに連れてこられたような恐怖感を覚えた。
何だったんだ、今のは…
市のホームページを見ると「防災無線機器交換のため『家路』が変わる」という趣旨のことが書かれていた。
夢ではなかったのだ。
ああ、もう「ファミ♭レードシ♭」が聴けないのか…
アレンジャーもどこかで泣いているのではないだろうか。
しかもメロディをこんなに寸足らずにされてしまってドボルザーク(ドボルジャーク又はドボジャーク)も草葉の陰で嘆いていることだろう。
「前から長いと思ってたのよ、あの時報」と家人はしれっと言う。
ああ、美しいものは効率の名の下に儚く消えてゆく…