いつものように湯船にお湯を入れていた。
しばらくしてピピピピとお湯がたまったお知らせの音がした。
お風呂場の戸を開けると、大きな黄色いプラスティックのアヒルちゃんがちゃぽんと湯船に浸かっていた。
「あ、お風呂いただいてまーす」
「え、あ、まぁ…どうぞごゆっくり」
こんなときにもいい顔をしてしまう。
でもなんでアヒルちゃんが…
しかも喋ってたなぁ…
とりあえず家人を呼びに行った。
「黄色いアヒルちゃんがお風呂に入ってるんだけど…」
「な、何言ってんの??」
「いや、だから黄色いアヒルちゃんが…」
家人が半信半疑の様子でお風呂場を覗きにいった。
「何、どこにいるの?アヒルちゃんなんかいないじゃないの」
「え、いたよ、いたのに…」
家人と一緒にお風呂場を覗くと誰もいなかった。
「いないじゃないのよ。だいじょぶ?もう、早くお風呂入っちゃいなさいよ」
腑に落ちないままバスタオルを取りに行きお風呂場を再び覗くと、もうアヒルちゃんはいなかった。
片付かない心持ちで湯船に身を沈めた。
四日前の夜の出来事であった。
その翌日の夜、お風呂にお湯を溜めていた。
ピピピピ鳴ったのでお風呂場に行き覗いてみると、白くて太いものが気持ちよさそうに湯船に浸かっていた。
「ど、どちら様?」
「あ、ほうとうです。山梨からきました。お風呂いただいています」
どうぞごゆっくり、と言いながらお風呂場の戸を閉めた。
家人に「ほうとうがお風呂入ってるよ」と言ってみたが相手にされなかった。
仕方がないのでバスタオルを手に再びお風呂場を覗くともうほうとうはいなかった。
ほうとうが入っていた後のお湯を舐めてみたけれど特に味はしなった。
そのまま何事もなく入浴。
そして昨日。
ピピピピとお風呂にお湯が張られた合図がしたので、お風呂場へ行った。
中を覗くと自分がお風呂に入っていた。
「あ、いつもお世話になっています」
わたしに向かって自分が話しかけてきた。
「いや、こちらこそお世話になっています。お湯加減、いかがでしょう?」
咄嗟に無難なことを言ってしまった。
「ちょうどいいです。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。バスタオルお持ちしましょうか?」
「申し訳ありませんがそうしていただけると助かります」
「お安い御用です。もしよろしかったらパジャマもお持ちいたしましょうか」
「何から何までありがとうございます」
その夜、自分はわたしの部屋に泊まっていった。
どうやら家人には自分の姿は見えないらしかった。
夜更けまで甘酒を酌み交わし積もる話に花を咲かせた。
自分とわたしはやけに話が合った。
時間はあっという間に経った。
明け方の気配がしてきた頃合いに、「そろそろお暇させていただきますね」と自分は言った。
名残惜しかったが、自分の事情もあるのだろう。
自分はわたしに丁寧に礼を述べると静かにどこかへと帰って行った。
どこに帰って行ったか気になったが、いずれわかりそうな直感があったのでそのままにしておいた。案外近くにいそうな気がした。
今日もまたお風呂に湯を入れる頃合いになった。
さっきピピピピ鳴ったので、お風呂場に行ってみた。中を覗くと誰もが入っていなかった。
ちょっぴり寂しかった。